【特集】北京オリンピックにかける(9)…女子63kg級・伊調馨(ALSOK綜合警備保障)【2008年8月8日】






 2004年アテネ五輪で金メダルに輝いた55kg級の吉田沙保里(ALSOK綜合警備保障=当時中京女大)は、この4年間、女子レスリングの顔として八面六臂(はちめんろっぴ)の活躍をこなしてきた。テレビへの露出で知名度は上がり、119連勝の樹立と連勝ストップで、スポーツ界のみならず世間一般からも注目を集めた。

 63s級の伊調馨(ALSOK綜合警備保障=
左写真)は吉田と同じくアテネ五輪で優勝し、同じように6年連続世界一を達成している。しかし後輩であるためか、注目はやや落ちているのが現状で、むしろ姉・千春(48kg級=同)との姉妹五輪チャンピオンの方に話題がいっている感がある。

 だが、馨1人でも世間の注目を集めるには十分な成績を残している。6年連続世界一の実績もさることながら、2003年3月の「クリッパン国際大会」でサラ・マクマン(米国)に敗れてから現在まで闘った試合では負けていない
(右写真昨年の世界選手権で6年連続世界一を達成)。2007年のアジア選手権で、不運な事情による棄権で厳密な意味での連勝記録は途切れているが、参考記録として計算するなら「94連勝」。安定度は抜群で、間違いなく北京五輪金メダル候補の最右翼である。

■スロースターターがルール改正で速攻型に変身

 吉田がタックルを前面に出すタイプであるのに対して、馨はマルチタイプ。タックルも入れるし、崩しもうまい。試合巧者で、「今日はこれで行く」と決めたらその作戦通りに勝利できる。

 アテネ五輪までは「スロースターター」と言われ、後半に逆転するケースも少なくなかった。同五輪決勝(VSサラ・マクマン)も0−2から第2ピリオドのラスト21秒に逆転するというハラハラドキドキの試合を演じた。しかし翌年1月に「1ピリオド2分のピリオド制」にルールが変わると、今度は速攻型のレスラーへ“変身”する変わり身の早さ。

 ディフェンスも秀でていて、けがなどで思うように動けなかった2006年の世界選手権では、1ピリオド1アクションの“省エネ・レスリング”で世界チャンピオンになった。

 ただ、本人の理想は「自分から行くレスリング」のようで、2007年の天皇杯全日本選手権では、完勝していながら、「自分から攻められなかったので全然ダメ」と厳しく自己採点。結果にとらわれず、理想のレスリングを目指す気持ちは忘れていない。

■長年の目標は消えたが、若手の成長に気を引き締める

 7月の公開練習の時にわき腹の痛みを訴え、別メニューをこなしたことで周囲を不安にさせた。この時は「万全じゃなくても試合に出て結果を残したことがある」と強気だったが、同25日の壮行会では「けがもあって練習から離れたため、自分のレスリングが分からなくなっている」と衝撃発言。一番大切な五輪を前にしての発言なだけに心配された。

 しかし、綜合警備保障の大橋正教監督は「足を触らせてからの強さが馨の持ち味。全然問題ない」と言い切った
(左写真=7月上旬に戦列を離れたが、下旬には復帰した伊調馨)

 2回目の五輪を迎える伊調馨にとって、今回はちょっぴり寂しいことがある。長年、馨のモチベーションだったサラ・マクマンが米国の国内予選で敗退してしまったことだ。「毎年サラとの戦いが楽しみだった」と好敵手の存在が大きかったことを吐露した。それだけ勝負の世界は厳しい。

 それは、昨年の世界選手権決勝で2−0(3-0,1-0)で快勝したイェレナ・シャリギナ(カザフスタン)が、今年3月のアジア選手権での再戦で1ピリオドを取られる苦戦を喫したことでも実感する。「若くて勢いがある。体が大きくなっている。2回目の対戦の方が間違いなく実力が上がっている」。

 実質的に5年以上負けていないからといって、勝利が保障されているものではない。それでも伊調馨は強く語った。「サラに勝って出場してくる選手を倒してチャンピオンになりたい。(他にも)みんな強いと思うけど、やりたい練習ができているので充実感が違う」。

 気持ちさえ整えば99%金メダル間違いなしの状況。女子初日に姉・千春が金メダルを獲得すれば、追い風はさらに強く吹くだろう。

(文=増渕由気子)


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