【特集】万全だったタックル返し対策! 五輪V3へ向けてさらに前進!…55kg級・吉田沙保里【2008年8月17日】






 やはり頼れる日本女子レスリング界のエースだった。今年1月、中国の太原で連勝記録をストップされ、涙にくれ、どん底にたたき落とされた55kg級の吉田沙保里(ALSOK綜合警備保障)が、同じ中国の北京のマットで躍動。アテネ五輪に続く金メダルを獲得し、今度はうれし涙が満開(左写真=会場の大型ビジョンに映し出された表彰台の吉田)。レスリング界に金字塔を打ち立てた。

 勝っても泣かない選手だった。2002年の世界選手権で初優勝した時も、2004年アテネ五輪での金メダル獲得の時も、涙は見せなかった。勝って泣いたのは、2002年4月の「ジャパンクイーンズカップ」で初めて山本聖子選手を破った時以来。その事実が、この半年間の辛さと過酷さを物語っている。

 過酷だった日々を支えたものは、太原で経験した悔しさに他なるまい。練習場所の中京女大のレスリング場には、試合に負けたことを報じるスポーツ新聞が額に入れて飾ってある。あの悔しさを忘れさせないために。

 そして栄和人監督(中京女子大)は今回、1月のワールドカップの時の銅メダルを北京に持ってきていた。この日の朝、吉田に見せたという。あの悔しさを、試合の直前にしっかりと植え付け、吉田の意地に闘争心を点火した。

■目の前で負けた伊調千春選手の分まで「金メダルを目指す!」

 1、2回戦は動きがやや硬いところもあった。がぶられて場外へ出されたり(1回戦)、がぶられてバックを取られたり(2回戦)、これまでの吉田にはちょっと考えられないシーンが見られた。だが、準決勝のアテネ五輪銀メダリスト、トーニャ・バービック(カナダ)の第2ピリオドあたりからはエンジンが全開。

 「どんな大会でも1回戦は気持ちが硬くなります。闘う度に気持ちが慣れてきました」。決勝のマットに向かう時は硬さも完全にとれ、本来の吉田がいた。日本協会の福田富昭会長からは「あと1試合、長くても6分だ。倒れてもいいから絶対に勝ってこい」と言われ、気合い十分で上がることができたという
(右写真=優勝して引き上げる吉田に、福田会長が駆け寄った)

 女子マラソンのアテネ五輪金メダリストの野口みずき選手が棄権し、連覇が消えた。目の前の試合で同僚の伊調千春選手がまさかの敗戦で銀メダル。「絶対」はありえない勝負の世界。だからこそ、一瞬の気の緩みも生じさせてはいけない。

 「野口選手や千春の分も金メダルを取るんだ」と気合を入れて臨んだ地元選手相手の決勝戦。会場を揺るがすような相手選手への応援も、負けていっそう強くなった吉田の前には敵ではなかった。

■1度も返されなかった“進化した高速タックル”

 「1月に負けたことが大きかった。半年間、辛い思いをしてきた」。返されないタックルのマスターに明け暮れた日々。絶対に忘れなかったのは「怖がらないこと」。タックルを返されることを警戒するあまり、怖がってしまっては決まらない。

 「返されたら返されたで、取り返せばいい」。そんな開き直った吉田の持ち上げタックル、あるいは体全体で覆いかぶさるようなタックルは、結局、だれも返すことができなかった。半年間の研究と練習の成果は、しっかりと発揮されていた。

 決勝戦で怒涛のように押し寄せてきた地元の大応援も、「2003年のニューヨークの世界選手権の時にもありました。決勝の相手がアメリカの選手。すごいUSAコールでした。でも、勝ちました。そのことを思い出しました」と、気になることはなかった。

 何よりも、観客席にはあちこちに点在していたものの日の丸の数もかなりのものだった。「日本の応援も多かったですよね」。ALSOK綜合警備保障であったり、中京女子大学であったり、地元の三重県の応援団であったり。そこから起こった「日本コール」や「吉田コール」が、五輪2連覇を目指す吉田を何よりも後押ししていた
(左写真=観客席のあちこちに日本応援団がいた)

■五輪3連覇という不滅の金字塔を目指す!

 勝利の直後に続いて涙にくれた表彰台の上では、「この1年間のことや、4年間のことが、いろいろと脳裏をかけめぐっていた」という。だが、五輪V2の金字塔を「不滅の金字塔」にするために、栄監督との最強タッグは、小休止のあと2012年ロンドン五輪へ向けて突っ走る予定だ。

 「4年間というのは、長いように見えてあっという間に過ぎるでしょう。世界のレベルは上がっているし、頑張っていきたい」と吉田。栄監督は「もう少し筋肉をつけなければならない。まだ進歩させなければ」と、さらなる向上を目指す。

 今回の五輪で柔道の谷亮子選手が達成できなかった女子初の五輪3連覇を目指し、闘いが再スタートするまでに、そう多くの時間はかからないだろう
(右写真=ロンドン五輪で不滅の金字塔を目指す栄・吉田の師弟コンビ)

(文・撮影=樋口郁夫)



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