【特集】谷亮子敗戦の夜に「緊張する」というメール…吉田の母・幸代さん語る【2008年8月17日】






 女子が始まった8月16日、「これぞレスリング」という見事なフォール勝ちで55kg級の吉田沙保里(ALSOK綜合警備保障)がオリンピック2連覇を決めた(左写真)。試合会場の中国農業大学体育館には、初日に出陣する吉田と48kg級の伊調千春(ALSOK綜合警備保障)を応援しようと大勢の日本人が駆け付けた。その中には、もちろん家族の姿も。1つまた1つと白星を重ねていく度に会場で日の丸が揺れた。
 
 55kg級の決勝戦。吉田が登場し名前がコールされると、母・幸代さんはぎゅっと目をつむり、娘の勝利を祈った。伊調選手が初戦からボールピックアップにもつれる(0−0で2分間終了)試合だったのとは対照的に、吉田は危なげなく勝ち上がっていく内容。準決勝のトーニャ・バービック(カナダ)戦の第2ピリオドでは、相手を持ち上げて落とす3点の技を繰り出すなど計6点を取り、最高の形で決勝進出を決めた。

 吉田はガッツポーズも飛び出し、マットから控え室へと戻る道のりでは観客席の応援団からの声援に笑顔で応えるなど、緊張などは全く感じさせなかった。
 
 しかし一昨日、母のもとへ吉田から送られてきたメールには「緊張する」の文字があったという。幸代さんは「1週間前、やわらちゃん(谷亮子)が負けた日には特に緊張するというメールがきました」と振り返る。連覇することの難しさが吉田に押し寄せていたのかもしれない。そして「1月に負けてからタックル返しをされるんじゃないかというのが頭のどこかにあったのかもしれない」と母は語った。

 1月以降繰り返し練習を積んできた返されないタックル。北京での公開練習の日も入念にチェックを重ねた。この日の吉田は「怖いと思ったらタックルに入れない。返されたら返されたで、取り返せばいい、という気持ちで攻めました」と話し、結果として1回も返されることがなかった。幼い頃から吉田を指導してきた父・栄勝さんが「いいレスリングができていたと思います」と褒めたように、すべてのものを乗り越え2大会連続の金メダリストに輝いた。 

 「ホッとしたというのがまずあります。『おめでとう』『よかったね』とこの二言を言ってあげたい」。そう言った母の目には涙が浮かぶ。そして表彰台の一番高いところで君が代を聞く吉田の目にも涙が浮かんでいた。

 「娘以上にどぎまぎしました」と母・幸代さんが微笑んだオリンピックは金メダルという最高の形で締めくくられた。

(文=藤田絢子、撮影=増渕由気子)



《iモード=前ページへ戻る》

《前ページへ戻る》