【特集】「金メダルを何万個にも分けてサポーターに贈りたい」…五輪V3のB・サイキエフ(ロシア)【2008年8月21日】



 ロシアのチェチェン出身の天才レスラー、ブバイサ・サイキエフ(右写真)が3度目の五輪優勝を達成した。1995年に20歳で世界チャンピオンに輝き、翌1996年のアトランタ五輪で優勝。2000年シドニー五輪は予選リーグでブランドン・スレイ(米国)に不覚を喫したものの、2004年アテネ五輪で優勝し、実力を見せた。

 2005年世界選手権でも6度目の優勝を遂げたが、2006年世界選手権はガネフ(ブルガリア)に敗れ、昨年はロシア国内でマハチ・ムルタザリエフに敗れて世界選手権出場を逃した。どんな選手にも訪れる斜陽を、サイキエフも迎えてしまった。

 しかし今年6月、国内予選で世界王者のムルタザリエフを破ってロシア代表へカムバック。1回戦から2−0、またはフォールで勝って決勝へ。そこで立ちはだかったのは2006年世界3位のソスラン・ティギエフ(ウズベキスタン)。第1ピリオドを0−1で落とす苦しいスタートとなった。

 サイキエフは「いい攻撃ができていたが、1失点で負けてしまった。とても強い相手なので、正直なところ負けを覚悟した」と振り返った。そこでサイキエフの脳裏に浮かんだのが、父の顔であり多くのサポーターの応援だったという。「私はセンチメンタルな人間ではない。でも、なぜかあの時、父のことを思い出し、私に大きな力をさずけてくれた」。

 もちろん会場を受けたロシアの応援団にも支えられたという。「多くの人たちの声援が、くじけそうになる私を支えてくれた。できることなら、金メダルを何万個にも分けてサポーターに贈りたい」。歓喜のサイキエフはそう語った。

■ベログラゾフらを抜いて歴代単独3位の8度目の世界一

 五輪3度優勝は、フリースタイルではアレクサンダー・メドベジ(ソ連)以来2人目。グレコローマンのアレクサンダー・カレリン(ソ連〜EUN〜ロシア)を含めて史上3人目の偉業(他に2度の五輪で3個の金メダルを取った選手あり)。世界選手権と合わせて9度の世界一も、セルゲイ・ベログラゾフ(ソ連)、アルセン・ファザフ(ソ連〜EUN)、バレンチン・ヨルダノフ(ブルガリア)の8度を上回り単独3位となった(左写真=決勝の第3ピリオド、ティギエフを攻めるサイキエフ)

 しかし、闘いはここまでのようだ。「次のオリンピックを狙うのか」との問いに、「2012年には37歳になっている。ロシアのレスリング界は優秀な選手が多くいるので、私が代表になることは不可能だろう。私は(国籍を変えて)他の国から出るようなことはしない」と話した。

 「ならば、3人の息子に栄光の跡を続けさせるのか」との問いに、「そうなるかな。(レスリングを)やらせない理由はどこにもない」と答えた。今後は親子での五輪優勝を目指して情熱を注ぐことになるか。

(文・撮影=樋口郁夫)


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