【特集】「目標を高く持ち、自分のための練習をしたい」…男子フリー60kg級・小島豪臣





 12月の天皇杯全日本選手権でアテネ五輪銅メダリストの井上謙二(自衛隊)を破り、初めて全日本チームに加わったフリースタイル60kg級の小島豪臣(日体大3年)が、1月23日から始まった全日本合宿で先輩に混じって精力的に練習している。

 周囲の多くが予想していなかった井上戦の金星。「勢いで勝ったようなものです。まだ(自分は)技術も何もないですから。井上さんはメダリストとしてのプレッシャーで力を出し切れなかったと思います」と振り返り、まだ完全に追い越したとは思っていない。「10回戦ったら、勝てるのは半分くらいでしょう」。この“勝率5割”の自己分析が高いか低いかは、受け取る人間の判断に任せるとして、まだまだ勉強を積まなければならない発展途上の選手であると自覚していることは確かだ。

 新ルールは自分にとって「プラスだった」と言う。これまで、先制しながらいつの間にか逆転されて負けることが多かったそうで、「逆転される前に試合(ピリオド)が終わってしまいましたから」と笑う。しかし「ものごとの切り替えの力はあると思います」とも話し、新ルールへの適応がうまくいったことも勝因のひとつだったと分析する。

 日体大の練習では、03年世界3位の池松和彦選手とスパーリングすることもあり、それなりに世界トップ選手と接していた。全日本トップ選手がずらりとそろう全日本合宿
(写真右)の雰囲気は「やはり大学の練習とは違います。周りはみんな実力のある選手ばかり。緊張します」というのが感想。和田貴広コーチの技術指導を十分に受けられることも「とてもためになります」と言う。

 「まだ言われたことをやるだけといった感じ。もっと目標を高く持ち、自分の練習をしなければなりません」と、早くも取り組む姿勢への反省も出てきたが、こう言えるのも自覚を持っているからこそだろう。「(2月中旬からの)欧州遠征では、いろんな技術や戦術を学んできたい」と、あくまでも前向きな姿勢を持っている。

 和田貴広コーチは、4年前に青森県へ指導に行ったとき、青森・八戸工大一高の選手だった小島とスパーリングしたことがあり、「やりにくく、入りづらい選手でした。タックルもスーと入ってきました」と、その時のことをよく覚えているという。大勢の選手を指導する中で印象に残ったのだから、かなり個性を持っていたのだろう。

 「積極的に練習に取り組んでいます」と練習への姿勢を評価する一方、技術的には、まだまだマスターしてもらいことが多く、柔道出身選手らしく腰投げのような3点を取る技も身につけて攻撃の幅を広げてほしいと要求する。「粘り腰があるからできると思います」と言う。2月中旬からの欧州遠征では「まず世界のレスリングに接して自分のいる位置を認識すること。新ルール下での戦い方を学ぶこと」を注文する。

 今後のフリー60`級は、井上謙二はこのままでは終わらないだろうし、太田亮介(警視庁=03年世界選手権代表)もいる。高校生(大沢茂樹=茨城・霞ヶ浦高、04年高校三冠王)が伸びてくれば、一転して追われる立場になる。和田コーチは「競い合って、全員でレベルを上げていってほしい」と、五輪で銅メダルを取った階級の混戦模様が楽しそうだ。

 小島は全日本選手権
(写真左)で優勝したあと、テレビの照明が照らす中で約30人の報道陣に囲まれてインタビューを受けた。「びっくりしました。何をしゃべっていいか分からなかったし、よく覚えていません。『変な感じです』としゃべったみたいな…」。初めて経験する取材に興奮し切ってしまったが、「照れくさいですけど、何度でも味わいたいですね」と励みにもなったという。知り合いからは早くも北京五輪を望む声があり、「頑張らなければならないと思います」と言う。

 しばらくは“五輪銅メダリストを破った”という肩書きが続くだろう。しかし、続けて結果を出さなければ、あっという間に忘れられてしまうのも事実。あのまぶしいばかりのインタビューをこれから何度も受けるためには、世界で勝ち抜いていかなければならないことは言うまでもない。正念場はこれから。浮かれることなく真の実力を身につけ、世界で勝てる選手に育ってほしいと思う。

(取材・文=樋口郁夫)



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