【特集】目標はただひとつ、世界チャンピオン!…男子グレコ84kg級・松本慎吾




 1月23日の全日本合宿初日で、グレコローマン・チームの主将に指名されたのが84kg級の松本慎吾(一宮運輸)だ。2002年アジア大会優勝や世界王者と大接戦を展開した実績、そして若手を引っ張っていけるリーダーシップの面などから考えて文句のない人選だろう。日体大の練習では、松本が道場に足を踏み入れただけでムードがピリリと引き締まるという。

 そんな松本の今年の目標は、世界チャンピオンただひとつだ。「オリンピックのあと、少し(気持ちを)ダウンさせましたが、世界一の目標を持っていたし、全日本選手権が近づいてきて気持ちが盛り上がってきました」。はっきりとした目標を持っているだけに、五輪の激闘後の再スタートも早かったようだ。

 全日本選手権の決勝では新ルールに戸惑ったのか、練習では子供扱いにしている日体大の後輩、斎川哲克に第1ピリオドを先制されてしまった。すぐに「ぶっ殺してやる!」という表情になり、第2・3ピリオドを圧勝して6連覇を達成したが
(写真右)、国内で先制されたのはこの6年間で初めて。久しぶりに危機感を感じ「結局は油断があったからなんですよね」と反省。新たな闘志を燃やすことができた。

 松本の代名詞ともなっている俵返しへのこだわりはある。1ピリオド2分というルール下では、リフト技で3点を取ればよほどことがなければ逆転されないことも分かっている。しかし、そのこだわりを出すためには、まずタックルや投げ技などスタンドでの戦いに勝たなければならない。

 世界のどの選手もそうだが、まずスタンド戦で勝てるようにすることが当面の課題。2月下旬からのポーランドでの合宿と大会出場で、世界の強豪相手に自分の力を測ってきたいところだ。「(5月の)アジア選手権は優勝します。前回のアジアの大会(2002年)は優勝していますから。そしてハンガリー(10月、世界選手権)への優勝につなげたい」と言う。

 アテネ五輪は7位(当初は8位で繰り上げ)に終わり、世界選手権でのメダル獲得もない松本が、なぜここまで世界チャンピオンを身近なものとして感じ、周囲もそれを期待するかといえば、組み合わせの不運でメダル戦線に残れなかっただけであり、アトランタ・シドニー両五輪優勝のハムザ・イェルリカヤ(トルコ)や2002年世界王者のアラ・アブラハミアン(スウェーデン)と、どちらが勝ってもおかしくない大接戦を演じているからだ。

 今年3月のアテネ五輪第2次予選では99年の世界王者のルイス・メンデス(キューバ)を破っているし、6月のドイツ・グランプリでは今年の欧州王者のナジム・アブルカ(トルコ)を撃破している。周囲が世界王者を期待するのも当然だろう。

 今年から組み合わせ方法も変わり、初戦で強豪とぶつかって負けても、敗者復活戦にまわって銅メダルは狙えるようになった。組み合わせの不運に泣かされてきた松本には朗報と言えるだろうが、このちょっぴり消極的な考えからの質問に対し、「優勝を狙っていますから関係ありません」ときっぱり。優勝できなければ2位も最下位も同じと言わんばかりで、世界一へかける強烈な思いが伝わってきた。

 新ルールに対しても、「強ければ勝つ、というのが藤本先生(英男=日体大部長)の口ぐせなんですよ」と気にするふうでもない。これらの言葉から感じるのは、「負けた時は、どんな言い訳も言わない」という勝負にかける男の確固たる気構えだ。世界チャンピオンを目指す気持ちは中途半端ではない。

 練習は副主将の笹本睦(グレコ60kg級)とともに率先してやるように心がけている
(写真左)。「自分たちがやらなければ、後輩が続くわけない」。そして、斎川(前述)や74kg級で20歳にして全日本王者に輝いた鶴巻宰(国士大)に対しても、惜しげもなく技術を伝授している。主将としての自覚もさることながら、「彼らが力をつけてくれれば、自分が頑張る材料にもなりますから」。個人としても主将としても、最高に燃えられる年になりそうだ。

 世界選手権まであと8ヶ月。日本人の世界チャンピオン誕生を、希望的な期待ではなく、限りなく現実味を持って期待をしていいかどうかは、この8ヶ月間の松本の努力にかかっていることは言うまでもない。頼むぞ金メダル! 日本のエース、松本慎吾!

(取材・文=樋口郁夫)



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