【特集】明確なテーマを持って欧州遠征へ挑むグレコ最年少王者・鶴巻宰




 若い選手が台頭してきた現在の全日本チームで、グレコローマンで最年少となるのが20歳、74kg級の鶴巻宰(国士大2年)だ。この年齢でのグレコローマン全日本王者となると、1980年の宮内輝和(日大2年=誕生日の関係で19歳)以来で、グレコローマン史上6位の最年少記録だが、4か月前のアテネ五輪の代表選手(永田克彦)と前年の全日本王者(菅太一)を連破しての栄冠ということを考えると、グレコローマン史上最高の新旧交代、若手の台頭と言えるかもしれない。(写真左の中央)

 2003年の全日本大学グレコローマン選手権を1年生で制し、2004年9月の全日本学生選手権(インカレ)で初優勝。12月の全日本大学グレコローマン選手権では、1階級上の84kg級に出場し、インカレ王者を下すなどして2連覇を達成。天皇杯全日本選手権までに学生間では敵なしの強さを見せていた。

 しかし、「永田克彦と菅太一の壁を破るのはちょっと難しいだろう」「善戦はしても勝つまでは…」が大方の予想だったのではないか。どちらかに勝つことはあっても両者を破るのは厳しいという予想も、決して的外れではなかっただろう。国士大へ進んでからの両者との対戦では、1ポイントも取っていないのだから。

【鶴巻宰−永田克彦、菅太一の対戦成績】
2002年12月 全日本選手権 永田克彦 ○[4−0]●鶴巻 宰
2003年 6月 全日本選抜選手権 永田克彦 ○[3−0]●鶴巻 宰
2003年12月 全日本選手権 菅 太一 ○[5−0]●鶴巻 宰
2004年 4月 全日本選抜選手権 菅 太一 ○[4−0]●鶴巻 宰
2004年10月 国体(84kg級) 永田克彦 ○[5-0=6:43]●鶴巻 宰
2004年12月 全日本選手権 鶴巻 宰 ○[フォール、2P2:08]●永田克彦
   同     全日本選手権 鶴巻 宰 ○[2−0(1-0,1-0)]●菅 太一

 しかし勝負の世界は、時として大方の予想を裏切ることが起こってしまう。準決勝の永田には第1ピリオドを取ったあと、クリンチ勝負となった第2ピリオドでフォール勝ち。決勝の菅には、ともに1−0のスコアながら2ピリオドを連取しての優勝。失ポイント0で3試合を勝ち抜いたのだから、素晴らしい優勝だった。

 「2004年最後の試合で親も見に来ていたので、頑張ろう、という気持ちしかなかったんですよ。優勝の自信? ほんのちょっと。パンフレットの見どころに『若手の鶴巻が両者(永田、菅)の争いに割って入れるか』と書いてあったので、期待されているんだな、勝てるかも、と思ったくらいです」。

 さらに「ルールに救われた、という面は否定できないと思います」と謙虚に話す。それを差し引いても「1回勝ったくらいでは自信にはなりません。今度の6月(明治乳業杯全日本選抜選手権)に勝てば、自信が出てくるんじゃないでしょうか」と、あくまでも控え目に振り返り、まだ本当の日本一という気持ちにはなれないようだ。

 しかし、永田に決めた見事なそり投げ
(写真右)は今後の大きな武器になりそう。「しっかり組めさえすれば、投げられる自信はあります」と、この話題には“自信がある”という言葉が出てきた。クリンチのルールが変わりそうだが、この階級の中では身長が高く(182cm)腕も長いので、どんなルールのクリンチになっても通じる必殺技になりそうだ。

 レスリングのキャリアは5年で、グレコローマンに本格的に取り組んでからは、わずか2年足らず。「うまくいきすぎていて、怖くなることもあるんですよ」と笑う。高校(山形・米沢工高)3年生の時の全国高校生グレコローマン選手権で優勝したあたりから、「グレコの方が向いているかな」と思ったという。中学時代までは柔道の選手であり、投げ技が得意。高校選手相手には、けっこう決まっていて自信を持ったのだという。

 84kg級に出場した昨年の全日本大学グレコローマン選手権でも、準決勝でインカレ王者の斎川哲克(日体大1年)を首投げからフォールで下しての優勝だった。このときは「たとえ階級が上のチャンピオンであっても、年下の選手には負けたくなかった」という。永田や菅に対しては控えめな言葉しか出てこなかったが、やはり負けん気は強い。

 全日本合宿では、1階級上の全日本王者&アテネ五輪7位の松本慎吾(一宮運輸)から毎日のように“かわいがられている”。だが、「レスリングって、ボコボコにされて、その中から強くなると思うんです」と、しごきと見まがうような“愛のムチ”は大歓迎といったところ。「技をしっかり教えてくれます。いい人です」とつけ加えることも忘れなかったが、斎川も同じように連日“かわいがられて”おり、先に音(ね)を上げることはできない。「少しでも(松本に)迫りたい。斎川に負けたくない」と闘志を燃やす毎日だ。

 28日からはポーランド遠征に旅立ち、合宿と大会参加で鍛えてくる。これまで2003年世界ジュニア選手権などで10回近く海外遠征に行っているが、全日本チームのメンバーとして参加するのは初めて。違った緊張があるという。しかし「外国選手は瞬発力があるので、組んできたあと爆発的な力で攻めてくる。苦手意識があるんです。それを払しょくできるような遠征にしたいです」と明確なテーマを持っており、右も左も分からない状態で行くわけではない。

 遠征を含めて6月の全日本選抜選手権までの課題は「クリンチに頼りすぎる面があるので、スタンドでポイントを取る技術をしっかり身につけたい」。この年齢の選手で、ここまでしっかりとした目的と意識を持ち、それをきちんとした言葉で言い表せる選手は、そう多くはいない。考えることができ、すらすらと表現できるシャープな頭脳は、将来がとても頼もしく感じられる。(写真左は、全日本合宿で菅とスパーリングする鶴巻)

 「次に負けてしまっては、この前勝ったのが『まぐれ』と言われてしまう。そう言われないように頑張りたい」。世界選手権に目を向けるのは、6月に2人に勝って日本代表を決めてからとのこと。6月の勝負に全力で挑む20歳のホープだ。

(取材・文=樋口郁夫)




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