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【特集】英才教育とは無縁の二世選手が世界へ飛躍する…50kg級・文田健一郎(山梨・韮崎工)
【2011年8月19日】

(文=樋口郁夫)




 昨年のアジア・カデット選手権で韓国とウズベキスタンの選手を破り、男子の日本選手最高の銀メダルを獲得した文田健一郎(山梨・韮崎工1年=右写真)が全国高校生グレコローマン50kg級を制した。今夏のインターハイは3位に終わっていただけに、「うれしいです」と表情を崩した。

 青木祐聡(岐阜・岐南工)との決勝の第1ピリオドは5点となる豪快なバック投げがさく裂した。現在のルールになってからは、どの選手もグラウンドの防御技術が向上。高校生の試合といえども豪快なリフト技は出にくくなっている。それだけに、会場に強烈な印象を残した。

 文田は「よく練習しています。得意技なんです」と説明する。5点が入るリフト技といえば俵返しからのリフトが普通で、バック投げで5点が入るケースはそう多くない。「みんな俵返しの組み手からのリフトに対する防御を練習している。なら、その逆をいけばかかりやすいかな、と思って狙いました」。

 俵返しでのリフトの練習もしているが、バック投げの組み手なら、上がらないと思えばローリングに移行できるので、「バック投げにこだわってやっていきたい」と言う。どうすれば技がかかるかをしっかり考えた結果の大技。考えた闘いをする選手だということが分かる。
(左写真=第1ピリオドに飛び出た豪快なバック投げ)

■世界カデット選手権も大事だが、国内の試合も大事

 6日後には世界カデット選手権(ハンガリー)出場のため成田空港を飛び立つ。コンディションづくりのため、この大会を棄権した代表選手もいたが、文田は「海外の試合も大事だけど、国内の試合も大事。国内の1年に1回の大会を棒に振りたくはなかった」と言う。けがが付きもののスポーツなので、その心配はあったが、「グレコローマンは得意。自信を持って闘えるので、さほど心配はしていませんでした。弾みをつけられたので、出てよかったです」。かなり自信のあった大会だったようだ。

 シニアでは、階級によっては世界を相手に互角に闘っている日本のグレコローマンも、ジュニア世代ではかなりの差があるという現実は知っている。「外国選手のパワーとか、すごいでしょうね」。それは昨年のアジア・カデット選手権でも感じたことであり、欧米の選手のそれは、さらに上ということを予想している。

 もちろん、グレコローマンの本場の欧州の選手の技術が優れているであろうことも。しかし、おじけづくつもりはない。「しっかり対抗してきます」と気合を入れた。

■中学時代の1勝で、レスリングにかける青春を選択

 監督であり父の敏郎さんは鹿児島商工高(現樟南)〜日体大で活躍し、高校時代に国体優勝、その後全日本2位にまでなった強豪選手。海外でも、オーストラリア・ゲームズで優勝した経験もある。厳しく育てられたと考えられるが、そうではなく、小学校時代はキッズ教室で週2回ほど遊びで練習した程度だったという。他にスポーツをやっていたわけではなく、二世選手にありがちな英才教育とは無縁の少年時代だった。

 そんな文田がレスリングに開眼したのが、周りに勧められて出場した中学1年生の時の全国中学生選手権。「1回勝ったんですけど、それがすごくうれしくて…。もっと強くなりたい、と思いました」。1勝がもたらした人生の選択−。最終学年(2010年)には全国王者となって開花し
(右写真=決勝で闘う文田)、現在ではグレコローマン期待の星となる可能性すら漂わせるのだから、人生とは分からないものだ。

 「ブリッジする技が好きなので、将来はグレコローマンでやってみたい。今度の世界カデット選手権で、本場のグレコローマンに接するのが楽しみです」と、グレコローマンの関係者が聞けば涙を流して喜びそうな言葉を口にし、今後の飛躍を誓った。

■グレコローマンの名場面集を見て、グレコローマンにあこがれる

 父は「レスリングをやらせたかったけど、本人にその気がなさそうだったので、無理強いしなかったです。近所の1歳上の女の子が道場に通ってきて、辛うじてつきあわせて練習させました。6年生の時に県の大会に出したら、5年生の女の子に負けてしまいまして…」と笑う。

 そんな我が子が、中学になって「レスリングを本格的にやる」と言ってくれた時は「うれしかった」と振り返る。本人がその気になれば、厳しくもする。中学2年生の夏ころには、時に高校生の間に入れて鍛えた。ただ、「レスリングを嫌いになるような怒り方はしなかった。『好きこそものの上手なれ』という言葉があるように、嫌いになったら成長しません」という指導方針を貫いた。
(左写真:インターバル時にアドバイスを送る文田監督=右)

 手に入れたオリンピックのDVDを見せたところ、グレコローマンの投げ技の名場面集があり、それを見て「グレコローマンの技にあこがれたみたいだ」と言う。グレコローマンのアジア・カデット選手権で銀メダルという成績にまでつながって、「びっくりしました」と言う。

 父は「いいセンスしているな、と思うことはあっても、親バカだ、親のひいき目だ、と思っていました。でも、この結果を見ると、やっぱりいいものを持っているのでしょうかね…」と笑う。キッズ・レスリングが隆盛を極め、キッズ出身でなければ上へ行けないという声さえ上がっているが、文田の成長を見る限り、キッズ時代の勝ち負けがすべてではなさそうだ。

■避けられない階級アップも、「経験していけばいいんです」

 勝ち負けにこだわらないと言えば、50kg級の選手はシニアに上がる時に必ず階級をアップしなければならない(注=シニアに50kg級はないため)。大きな難関が存在することになるが、「負けてもいいんです。(成長期の)高校生は他のクラスでも階級アップする選手は多い。経験していけばいいんです」と、つまずいても、それを乗り越えて成長してほしいと期待している。

 まずは世界カデット選手権。「期待できますね」の声に、「あんまり言われると、親バカになってしまいますから…」と、照れ臭そうに答えた。



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