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【特集】情熱たっぷりの素人監督は、貴重なトライリンガル…東農大・飯山禮文監督
【2011年1月21日】

(文・撮影=樋口郁夫)




 今月8〜11日に東京・味の素トレーニングセンターで行われた東地区の指導者講習会に、東農大の飯山禮文(れいもん)監督(東農大職=右写真)の姿があった。レスリングの経験はなく、前任者などから推されて重責を引き受けた。「練習や試合を見て、レスリングがかなり分かるようになりましたが、やはり経験がないと…」。やる以上は、肩書きだけの監督にはなりたくなかった。「高度なことは教えられなくとも、最低限度のことはできなければ」としての参加だ。

 練習は前監督の宮下久雄ヘッドコーチほか何人かのコーチが指導してくれるし、OBも足を運んでくれるので問題はないが、それであっても、見ているだけの監督にはなりたくなかった。「自分もやることで、選手との交流も増えていきます」と話し、監督としての任務を果たそうという気持ちが伝わってくる。

■世界のレスリング界で必要なフランス語

 レスリング界にとって、飯山さんは貴重な存在になりうる可能性を持っている。父の仕事(研究者)の関係で、米国で生まれ、生後3ヶ月の時から14歳までパリ郊外に住んでいてフランス語がペラペラなこと。スポーツの世界では、最近でこそ英語が主流になりつつあるが、国際連盟の“公用語”はフランス語が一般的。

 国際レスリング連盟(FILA)でも、ラファエル・マルティニティー会長(スイス)を筆頭に、ミッシェル・デュソン事務総長(フランス)など幹部が主に話しているのはフランス語。総会などでは同時通訳が英語に訳してそれをレシーバーで聞くことができるようになっているが、会議以外の場、たとえば事前の打ち合わせなどはフランス語で行われることが多い。

 2002年からFILA副会長を務めることになった日本協会の福田富昭会長は「フランス語が話せないと駄目だ。事前の打ち合わせの輪に入れないんだ」と話していたことがある。日本がFILAの中で今以上に力を持つためには、フランス語で会長ほか幹部と渡り合える人間の存在が不可欠という状況だ。飯山さんには、その期待がかかる
(左写真:指導者講習会で練習する飯山さん=こちら向き)

■八田一朗会長も親しんでいた合気道の経験者

 東農大時代に合気道をやっていて、同大学に事務職員として就職した。レスリング部の監督に就任することになったのは6年ほど前、東農大の厚木キャンパス勤務から世田谷キャンパスに異動した際、当時の宮下久雄監督が多忙となって後任者を探していたことがきっかけだった。

 「監督は学内から」というのが慣例であったが、宮下監督以外にレスリング経験者がいなかった。澤山茂部長と親しかったこともあり、同じ格闘技である合気道の経験のある飯山さんに白羽の矢が立った。「学生時代の同級生にレスリング部の人間がいましたので、親しみはありました。母校のために尽くせるのなら」と引き受けた。

 大学に入るまでのレスリングのイメージといえば、「プロレスに近いもの」といった感じだったという。実際に同級生のレスリング選手に接してみて、身体能力のすごさなどに驚いて、「これはすごいスポーツだ」と思ったという。

 レスリングと合気道は共通点が多い。故八田一朗会長も合気道に取り組んでいたように、相手の力を利用して技をかける合気道の動きは、レスリングの真髄でもある。こんなことも、レスリング部の監督を引き受ける一因でもあったのだろ。

 東農大は、全日本選手権の常連であり世界マスターズ選手権優勝を目指す元学生&大学王者・柴田寛選手(フリースタイル84kg級=現山口県体協)の母校。これまでに学生王者3人、大学王者が両スタイルで2人を輩出するなど、学生界のトップを目指せる位置にいた。しかし、昨年は東日本学生リーグ戦で一部Aグループの最下位と、低迷が続いている。

 素人監督ながら、情熱たっぷりの飯山監督の指導に期待がかかる。今回の指導者講習会では、全日本チームの練習を見る機会もあり、「闘争心がすごいですね」との感想。強くなるにはメンタル面の強さが必要との気持ちを持ったようだ
(右写真:全日本チームの井上謙二コーチの指導を受ける飯山さん=左から2人目)

■いずれ国際レスリング連盟で活躍か?

 幼少の頃から話していたフランス語。両親とは日本語で話していたというが、姉や妹との間で話していたのはフランス語だった。日本に住むようになって36年たった今も忘れることはない。仕事上でも使う機会が多く、「使わない難しい言葉は忘れてしまいますが、日常会話程度ならできます」と言う。

 フランスで盛んな自転車レースの世界選手権が日本であった際には通訳として活躍。そのスポーツの本格的な専門用語までは知らなくとも、通訳するうえで支障はない。体でレスリングを覚えようとする飯山さんなら、レスリングの専門用語をフランス語で覚えるのに時間はかからないだろう。

 国際人としての常識でもある英語も堪能。いきなりFILAの間に入って渡り合うことはできまいが、国際大会への参加を重ねてもらい、いずれはFILAと日本協会と橋渡しとしての期待もかかる。これに関しては、「断る理由はありませんから、必要とあれば、お手伝いしたいと思います」と言う。

 日本協会は貴重な人材を得たようだ。レスリング界で初(?)のトライリンガル(3ヶ国語を話せる人)監督の活動に期待がかかる。



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