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【特集】今夏、2つの国際大会に挑戦! 三強に迫れるか…女子63kg級・工藤佳代子(自衛隊)【2010年7月1日】

(文=樋口郁夫)



 五輪V2の伊調馨(ALSOK綜合警備保障)を筆頭に、山本聖子(スポーツビズ)、西牧未央(至学館大大学院)という3人の新旧世界チャンピオンが激しく争う女子63kg級。日本最大の激戦区となった階級に、特別な実績はないながらも果敢に挑む選手がいる。2007年から自衛隊レスリング班に所属している工藤佳代子(入隊は2006年=左写真)。5月の明治乳業杯全日本選抜選手権では、伊調に最終的にフォール負けを喫したものの、第1ピリオドは0−1と接戦を展開した。

 今月中旬に行われるゴールデンGP決勝大会(アゼルバイジャン・バクー)と、9月初めに行われる格闘技の総合大会「スポーツ・アコード・コンバット・ゲームズ」(中国・北京)の日本代表に選ばれた。「大きなチャンスをもらった。目標ができたので、合宿でも頑張れた」とモチベーションが上がり、“3強越え”に燃えている
(右写真=菅平合宿での工藤)

■坂本真喜子選手に誘われて自衛隊へ

 栃木・みぶチビッコ教室でレスリングを始め、壬生(みぶ)高校でもレスリングを続けた。しかし、勝利至上主義のチームでないこともあり、2005年の全国高校女子選手権で1勝しての3位などがあるだけで輝かしい実績はなかった。むしろ学業に秀でていて、通知表の「5」は数え切れないほどあったとか。3年生の時は生徒会長を務めた。

 しかし、勝利への気持ちがなかったわけではない。「せっかくレスリングをやったのだから、このままでは終わりたくなかった」という思いと、「いい成績を残して、恩師(みぶチビッコ教室=疋田周二代表、壬生高校=川村昌司監督)に恩返ししたい」という気持ちで、卒業後もレスリングを続けたいと思った。

 競技での成績がないので、大学の推薦入学に引っかかるのは難しかった。「行くとしたら、一般の推薦で早稲田でしたでしょうか。(疋田代表の母校の)拓大は、女子はやっていないようでしたし…」。転機となったのが、岩手・宮古市で行われた高校選手を集めた合宿。自衛隊に所属していた坂本真喜子選手が来てくれ、自衛隊で女子レスリングをやっていることを知ったという。

 兄が自衛隊員であり、自衛隊に親近感はあった。選手としての特別な実績がなくとも、集合教育を受けて体育学校レスリング班に入る方法があることを知り、2006年4月に入隊。翌年4月、正式に自衛隊の選手として新たなレスリング生活がスタートした。

 自衛隊選手としてのデビューは2007年1月に行われた全日本選手権。この時は高校生選手にきん差の黒星だったが、翌4月のジャパンクイーンズカップ初戦では正田絢子(当時ジャパンビバレッジ)にわずか46秒でフォール負けを喫し、同年12月の全日本選手権準決勝では伊調に2ピリオドともテクニカルフォール負け
(左写真)。「何もさせてもらえなかった。ものすごい差を感じた」という1年目を終えた。

■激戦階級の63kg級だが、「強い選手がいる階級の方がいい」−

 しかし、自衛隊という環境が落ち込むことから救ってくれた。「コーチの皆さんが熱い指導をしてくれるので、『ダメだ』と思うより、『頑張ろう』という気持ちになるんです。やっていくほどに課題が見つかって、やることが面白くなっていった」と言う。

 北京五輪を目指していた坂本日登美(51kg級=現48kg級)の存在も大きかった。練習量といい、勝負にかける気持ちといい、「すごい」と感じることばかり。五輪を目指す選手の自分への厳しさを間近に見て、「自分はまだ全然足りていない」と痛感し、練習に身が入ったという。

 そうした意識の変化と最高の練習環境のおかげで、2008年4月の全日本女子選手権では伊調に次いで、同年12月の全日本選手権では西牧に次いで、それぞれ2位に入ることができた。トップとの差はあったものの、2位ともなれば頂上が見えてくる。練習により熱が入ったのは言うまでもないが、昨年暮れに伊調が北京五輪後の休養を終えてマットに戻り、山本が現役復帰してこの階級に参戦。一気に3人もの壁ができることになった
(左写真=5月の全日本選抜選手権。左から山本、伊調、工藤、西牧)

 この階級の過酷さに比べると、日本一になるには67kg級の方がチャンスが大きそうに思える。「(63kg級では)減量がかなりあるので、考えないこともなかった」と言う。しかし高校時代からずっと63kg級で闘ってきて、「層が厚いから」という理由で、別の階級に移る気持ちにはなれなかった。

 カナダ留学から帰国した伊調は現在、東京在住で、自衛隊によく練習に来て胸を貸してくれる。「伊調さんに勝って恩返しがしたい」という気持ちもあるようだ。「差はありますけど、前よりは詰まっている感じがあります。強い選手がいる階級の方がいいですね。その壁に挑んでみたいです」。

■63kg級に決めたのは、五輪階級でもあるから

 この夏、そんな工藤に神様は飛躍につながりそうな試練を与えてくれた。格闘技の総合大会への抜てき。そして思ってもみなかったゴールデンGP決勝大会への出場だ。「北京の大会のことは事前に知らされていて、頑張ろうと思っていました。ゴールデンGPは考えてもいなく、ある日急に言われました。即答しました」。

 ゴールデンGP決勝大会がレベルの高い大会ということは知っているが、せっかくのチャンスを逃したくはない。「技術的にはダメなところばかり。ワンチャンスをものにする技術もない」と厳しく分析するが、その分、伸びしろも十分にある。6月下旬の菅平合宿では、外国選手相手のパワー対策として、2階級上の浜口京子(ジャパンビバレッジ)ともスパーリングを繰り返した。いよいよ世界に目が向いてきた
(左写真=階級が上の選手と積極的に練習する工藤)

 「三強」と言われる女子63kg級が、「四強」と言われるようになるか。「63kg級に決めたのは、五輪階級でもあるからです」と、きっぱり言うだけに、目標は伊調、西牧、山本であり、2012年のロンドン五輪。そのためにも、今夏の2大会での踏ん張りが期待される。



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