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日本伝統の階級に新星誕生するか?…女子51kg級・桜井宏美(代々木ク)【2010年4月12日】


(文=樋口郁夫)


 絶対的なエース(坂本日登美)が抜け、後継者争いが展開されている日本女子伝統の51kg級。昨年の世界選手権では甲斐友梨(アイシン・エィ・ダブリュ)が銅メダルを獲得。一歩先に出た感があるが、本来の世界選手権代表、堀内優(日大=負傷で辞退)のカムバックでどうなるか。

 両者の争いに割って入ろうとするのが、5月のアジア選手権(インド・ニューデリー)の代表に選抜された全日本3位の桜井宏美(代々木ク=
右写真)だ。昨年11月にはNYACホリデー国際大会(米国)に出場して銀メダルを獲得。12月の全日本選手権の準決勝では、復帰してきた五輪銀メダリストの伊調千春(当時ALSOK綜合警備)相手に第2ピリオドを奪った実力者だ。

■伊調千春を追い詰めた実力をアジア選手権で発揮できるか

 この時は、第3ピリオドをクリンチの防御の末に取られて敗れたが、ボールのピックアップが桜井に傾いていれば、勝敗はどうなったか分からなかった
(左写真=全日本選手権で伊調と闘う桜井)。全日本合宿での甲斐との練習では、「まだ追いついたとは思っていませんが、かなり近づいたことは感じます」と口にする。甲斐と堀内の争いと思われていた51kg級だが、もしかしたら新星が栄冠をさらうかもしれない。

 メジャー国際大会に出場するのは今回が初めて。アジアには、中国は言うに及ばずカザフスタン、北朝鮮など強豪が目白押しだが、目標は「優勝」ときっぱり。伝統の階級の日本代表を目指す以上、優勝以外では話にならないと感じているようだ。

 インドへ向けて出発する10日前には明治乳業杯全日本選抜選手権がある。こちらも中途半端な気持ちで参加するのではない。優勝し、プレーオフも勝てば世界選手権の代表を手にできるので、必死の気持ちで挑む。アジア選手権の日本代表選手は短期間に勝負の時が続き、肉体的・精神的に大変なことが予想されるが、桜井は「全然問題ありません」とさらり。柔道時代には経験することのなかった張りつめた気持ちがあり、生きている幸せを感じているようだ。

 直前に大勝負があるため、アジア選手権へ向けて他国の強豪を研究する時間はあまりとれそうもないが、「自分のいいところを出すことだけを考えます」す」という。敵からも研究されていない分、やたらと知識を詰め込む必要はないかもしれない。伊調千春を追い込んだ実力を発揮し、アジアの同級に2005年の坂本日登美以来の金メダルをもたらすことができるか
(右写真=全日本合宿で練習する桜井)

■最初は趣味だったレスリング、今では世界を目指す!

 東京・藤村女高を卒業するまでは柔道に打ち込んでいた。2004年アテネ五輪の伊調馨の活躍に憧れをいだき、レスリングへ気持ちが向いた。その時はまだ柔道に打ち込んでおり、「途中で投げ出したくなかった」として、レスリングをやろうとはならなかった。

 卒業後、語学の専門学校へ1年間通い、その後、坂口道場のレスリング教室へ通い始めた。「最初は趣味だったんですけど、そうのうちに上を目指したくなって…」。そこで、女子レスリングの本格的なクラブである代々木クラブの門をたたき、吉村祥子コーチらの指導を受けることになった。

 柔道からの転向者が例外なく口にするように、つかむところのない闘いには苦労させられた。また、レスリングのスピードに慣れることや、タックルを切ることなどにも時間がかかった。それでも足技や投げ技が随所に使え、有効的な攻めになっている。このあたりが、レスリングを始めて2年も経たないうちに国際大会(NYACオープン国際大会)での銀メダル獲得や全日本3位につながったのだろう。

 趣味で始めたレスリングだが、「代々木クラブのコーチの励ましが大きく」、今では何が何でも世界チャンピオンを目指したいまでに気持ちが高まっている。「実家で生活していますので、自分のお小遣いを稼げればいいですから」。週2日のアルバイトで最低限度の収入を得て、レスリングにかけている
(左写真:全日本選手権の表彰式でチャンピオンの甲斐=背中=らと次回の健闘を誓ってがっちり握手)

 就職はいつでもできる。レスリングに打ち込めるのは今だけ。その気持ちも短期間での成長につながったのだろう。昨秋の初の国際大会では、緊張することもなく、「楽しかった」という。伊調千春との対戦に際しても名前負けすることは全くなし。それどころか「ブランクのある選手には負けたくなかった」とまで言う。

 たいした度胸だが、「レスリングを始めてから、さらに(度胸が)つきましたね」。それが、毎日の練習の成果なのか、何の理由なのかははっきりと分からないようだが、昇り調子の選手というのは、こうした気持ちを持つもの。「練習は苦しさより楽しさを感じます」など、成長途上の選手共通の言葉も出てきて頼もしさが感じられる。

■アジア選手権以降の強化計画も十分

 来年、さ来年を見据えた練習で本格的な実力を身につけようという気持ちもある。社会人の女子の場合、夏に大会がないので、ともすると動機づけが難しくなってしまうが、そんな時こそじっくりと地力をつける絶好のチャンスと思っている。

 「タックルが未熟なので、しっかりやりたい」「1ポイントを取ったら、すぐに2ポイントの技につなげられるようにしたい」「デフェンスをもっと強くして、ポイントをやらないようにしたい」など、はっきりした計画を描いている。今回の全日本選抜選手権やアジア選手権で結果が出せなくとも、こうした気持ちを持って夏場の練習を乗り切れば、今年末の開花へとつながる可能性はある。

 キッズ・レスリング全盛期の昨今、20歳からレスリングを始めて世界に出る選手がいてもいい。女子伝統の階級の闘いが、いっそう注目されそうだ。


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