問題が山積みのビデオチェック要求「チャレンジ」。国内大会での導入は?【2009年2月18日】



 新ルールのひとつとして導入されたセコンドによるビデオチェック要求「チャレンジ」。度重なるビデオチェックによって試合が何度も中断し流れが変わってしまうことや、試合をさばく3審判員以外の上層部による試合への介入・圧力を防ぐ意味で導入されたものと思われる。

 アメリカンフットボールとテニスに同様のルールがあり、判定変更に“挑む”ことから通称「チャレンジ」と呼ばれている(正式には「インスタント・リプレイ」)。レスリングでも「チャレンジ」と命名された。ブルガリアの大会で何度かそのシーンがあったが、果たしてきちんと機能するのだろうか。

 ルールの条文は審判委員会からの発表を待つが、「チャレンジ」の主なルールとしては、

★審判団は判定に際し、ビデオを用いない。

★判定に疑義があった場合、選手(セコンド)はセコンド席に用意してある白いカードをチェアマンに対して掲げ、ビデオチェックを要求できる。

★「チャレンジ」があった時、試合をさばく3審判以外に待機している3人からなる陪審員チームがビデオをチェックし、判定する。(陪審員チームはインストラクター、ビューローメンバー、専門家によって構成される。各マットに1組とされているが、今回の大会では3マットに1組の陪審員チームで、日本から参加した芦田隆司審判員がメンバーに選抜されていた)

★「チャレンジ」は1試合に1度行使できる。選手からのアピールが通って判定が覆った場合は、さらに行使できるが、判定が変わらなかった時は相手に1点が入り、以後「チャレンジ」の権利はない。

★「チャレンジ」を要求できるのは選手(セコンド)のみ。陪審員にその権利はない。

 日本は全試合を通じ、グレコローマン60kg級の佐藤亮太選手の3回戦の1試合のみにこの権利を行使した(右写真=ホワイトカードを掲げる元木康年監督。結果は佐藤の1点が認められ、0−2が1−2になったが、勝敗に影響はなかった。このケースでは、相手に1点は入らなかった。審判団の判定を覆したことで「チャレンジ」が成功したという解釈と思われる。ならば、もう1度権利を行使できることになるが、このあたりの詳細が条文化されていない)。

 「チャレンジ」した方がいいのでは、と思われたケースもいくつかあったが、損得を考えると、なかなかできなかったという。「チャレンジ」が失敗すると相手に1点が入るため、例えば1−2ならまだばん回できるが、1−3になってしまうと、残り時間を考えるとばん回できる可能性が少なくなる。「チャレンジ」するより1点を追って勝利を目指す可能性にかける、というケースだ。

 セコンドには、点差や残り時間、絶対に判定が覆るという自信などを考え、瞬時にしてこの権利を行使するかどうかの判断が要求される。瞬間の感情の高ぶりによって、意味もない、あるいは逆効果にしかならない要求をしてはならないだろう。

■「チャレンジ」できるケースに規定がないため、不可解な「チャレンジ」が横行する?

 「チャレンジ」の問題点としては、どういうケースで要求できるかという規定がないことだ。2000年シドニー五輪まで存在したプロテスト(書面抗議=試合終了後にビデオチェックした。勝敗が変わることもある)は、「フォールに関すること」「パッシブに関すること」などは抗議の対象外とされていた。

 今回はそうした規定が全くない。そのためか、タイムの方が先だったという「チャレンジ」や、警告(通称ワンポイント・パッシブ)に対する「チャレンジ」などが見られた。相手がかみついたという「チャレンジ」もあった。そのいくつかは却下されていたが、明文化されたルールがない以上、「なぜ却下されるんだ」という怒りにつながるのはもっともだろう。プロテストの時と同様の規定がないと、トラブルが続出する可能性がある。

 また、陪審員が固定されているため、当該選手と同じ国の審判が含まれることも問題になりそう。審判員には公正を期したいが、陪審員チームに相手選手と同じ国の審判員・FILA理事が含まれている場合、不利な判定をされるのでは、という疑念はぬぐえないだろう。

 条文では、「会場のジャンボスクリーンや各マットの掲示板にそのシーンを映しだすこと」と明記され、観客や選手に対しても公明正大であることをうたっているが、そんな会場や機械のある大会ばかりではない(左写真=電光掲示板に映し出された問題のシーンを見る選手とセコンド)

■日本協会傘下連盟の決断は?

 こうしたことをふまえ、国内、特に傘下連盟は「チャレンジ」システムを導入するかどうかの選択に迫られることになる。大会に参加した全国高体連専門部の藤本賢一審判委員長は、高校の大会での導入について「何とも言えない。持ち帰って話し合いたい」という。

 高校レスリングは教育の一環であり、監督の抗議を禁止している。「チャレンジ」は一種のクレームであり、導入はその理念に反しはしないか? もっとも、ルールで認められているのであれば、それを行使することは教育に反するものではない。「教育の場」という観点で考えれば、中学レスリングと歩調を合わせなければおかしいだろう。

 陪審員の確保などの問題で「導入しない」と決めた場合、ビデオチェックなしでの判定で不満が出てこないか。導入しない場合は、従来のように審判の意思によってビデオをチェックするのが妥当という気もするが、FILAルールを即座に日本で反映させたいという日本協会審判委員会の思惑は?

 JOC杯ジュニアオリンピックや国体など日本協会が主催・共催する大会もあり、傘下連盟だけの問題ではなくなってくる。早急に協会・傘下連盟による話し合いの必要がある。参考までに、アメリカンフットボールの「チャレンジ」は米国NFLや一部の大学リーグのルールであり、日本の高校、大学、社会人の大会では採用されていない。

(文=樋口郁夫)


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