【特集】和製ジョン・スミス健在! 冴えたローシングル…男子フリースタイル60kg級・田中幸太郎(早大)【2009年4月27日】



 オリンピック2大会連続で銅メダルを獲得し(2004年アテネ、2008年北京)、日本を代表する階級になりつつある男子フリースタイル60kg級に、力強い新星が戻ってきた。全国中学生選手権で2連覇を達成し、京都・京都八幡高時代の2007年には2年生ながら高校三冠王(全国高校選抜大会、インターハイ、国体=他にJOC杯カデットでも優勝)に輝いた田中幸太郎(早大=右写真)が、JOC杯ジュニアオリンピックの男子フリースタイル60kg級を制した。

 中学時代から「米国史上最高のレスラー」と言われる五輪V2(1988年ソウル、1992年バルセロナ)のジョン・スミスにあこがれ、DVDで研究し、最強の男のレスリング技術を吸収。その構え、そしてスピードある低いタックルで相手の足首を取り(ローシングル)、柔軟性と粘りでテークダウンにつなげる技術は、スミスをほうふつさせる強さ。将来が期待されたホープだった。

■「大器晩成の選手を目指す!」

 しかし高校3年生の昨年は、全国高校選抜大会を負傷で途中棄権したあと、インターハイは決勝で敗れ、国体は3回戦敗退。前年の成績がうそのように沈んでしまっていた。2年生夏の足首の負傷に始まり、ひざ、ひじ、多くのけがに悩まされたせいでもあるが、負けは負け。時代の流れの早い現在では、1年も全国タイトルから見放されてしまえば、存在感が薄れてしまう。まして京都八幡高からは1年後輩の74kg級の北村公平が高校五冠王を獲得し、日の出の勢いの快進撃を見せており、主役交代といった感もあった(左下:昨年のインターハイ決勝で敗れ、がっくりの田中=青)

 挫折を知らないエリートは、一たび壁にぶつかると、そこから抜け出せないケースが少なくない。過去の栄光があるだけに、それにすがり、目の前の困難に立ち向かっていかない。けがが治り切らず無念の思いの選手もいただろうが、これまでに何人のエリートが消えていったことか。

 だが、田中の心は折れていなかった。「これで終わりかな、という不安や焦りもありました。でも、いろんな人がアドバイスしてくれ、気持ちを前向きに持つことができました」と、長かったトンネルを振り返る。激励の中には「大器晩成を目指すんだ」というものもあったという。

 田中のそれまでの実績を否定するかのような激励だが、勝てないという現実の前に、この言葉を受け入れた。高校生活最後の国体で敗れ、この年の無冠が決まったあとは、大学での選手生活を「1からやり直すため」に、けがの治療と体力づくりに力を入れ、真の強さを身につけるための“基礎工事”に取り組んだ。こうした努力と闘いの末の復活優勝だ。

■世界で通用するか? 必殺のローシングル

 約1年半のトンネルを抜け、「本来、こうでなければいけないんですよね」と、にっこり笑顔。この階級には、昨年のインターハイ55kg級王者の五十嵐琢磨(秋田・秋田商〜日体大)と66kg級王者の赤澤岳(埼玉・花咲徳栄高〜日大)のほか、国体55kg級王者の谷田旭(静岡・沼津城北高〜日体大)、同60kg級王者の鈴木康寛(香川・多度津〜拓大)ら同期の強豪が控えている激戦階級(赤澤は棄権)。

 もちろん1年上にも強豪がおり、決勝で顔を合わせたのは2年前のJOC杯カデット選手権で1階級上のチャンピオンの有島義弘(鹿児島・樟南高〜現日体大2年)。一筋縄では勝たせてもらいえない相手がそろっていたが、ローシングルのスピードと、グラウンドでもつれながらも最後は自分のポイントにつなげる技術は健在。昨年の不調を吹き飛ばす期待がもてる結果と内容だったことは間違いない(右写真=スピードあるローシングルで攻撃する田中)

 「ほかの技を身につけようと取り組んでいるんですけど…。試合になると、あれ(ローシングル)が出てしまうんです。これからも使っていくことになるでしょう」。あえて器用貧乏になる必要はあるまい。佐藤満強化委員長(専大教)は「今のままなら外国選手のパワーに返されます。ローシングルにいくタイミングはいいけど、入った後の身のこなしをもっと勉強しないと」と要望しており、まだ発展途上の技術なのである。

■和製ジョン・スミスの先輩、和田貴広コーチとのタッグ結成へ!

 辛かったけがとの闘いだが、今となっては「強くしてもらいました」と言う。負傷個所以外を徹底的に鍛え、けがを負っていても勝てるだけの闘いの幅を広げ、けがが治ったあとはしっかり強化するなど、「普通の状態ではできないことを経験しました。けがしたことが、今となってはプラスになっていると思います」と言う。何よりも、谷底からはいあがった精神力が、これからの大きな財産になることだろう。
 
 「まだ確実に勝てる、という自信まではない。もっと固い(確実に勝てる)レスリングをやりたい」。そう課題を挙げた田中には、世界ジュニア選手権(8月、トルコ)出場という晴れ舞台が待っている。そしてジュニア担当の全日本コーチには、現役時代に「ジョン・スミス二世」と言われた和田貴広コーチ(国士大職=前日本協会専任コーチ)がいる。

 和田コーチが選手時代に「ジョン・スミス二世」と呼ばれ、ローシングルを必殺技として使っていたことは当然知っている。NTS合宿などでこれまでにも指導を受けたことがあり、スタイルが同じだけに学ぶことは多かった。「まだ全然習得していません。これから、もっとしっかりと学びたいです」(左写真=五輪2度を含め世界を6度制したジョン・スミス)

 長いスパンでの目標に、前日の女子カデット52kg級で優勝した妹・亜里沙選手(埼玉・埼玉栄高)との「兄妹での五輪出場」という目標もある。2004年アテネ五輪ではハンマー投げの室伏広治・由佳の兄妹が実現した快記録だが、レスリングで実現すれば、もちろん初の快挙になる。「このところ追い越されていたので…。このへんで追いつかないとならなかったですよ」。妹の踏ん張りも、田中を支えたことは言うまでもないだろう。1+1が3にも4にもなる兄妹の強さで、レスリング王国を支える力に成長するか。

(文・撮影=樋口郁夫)


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