【特集】世界選手権出場逃すも社会人チャンピオンへ! リベンジ狙う正田絢子(京都・網野高教)【2009年7月7日】

(文・撮影=増渕由気子)



 6月の明治乳業杯全日本選抜選手権後に行われた、女子59kg級の世界選手権代表選考プレーオフは、圧倒的有利と思われていた世界V4の現役世界チャンピオン、正田絢子(京都・網野高教)が山名慧(アイシン・エイダブリュ)にフォール負け。代表落ちするという衝撃的なの幕切れだった(右写真=青が正田)

 正田のプレーオフ出場は4年連続(対戦相手の負傷棄権で試合のなかった2005年を含めれば5年連続)。2006年は世界V4の山本聖子(当時ジャパンビバレッジ)、2007年は吹田市民教室(大阪)の後輩にあたる西牧未央(中京女大)、2008年は梶田瑞華(中京女大)をそれぞれ下して世界選手権代表を決めており、プレーオフには強いはずだった。だが、一度も負けたことがない山名に黒星を喫し、59kg級では2005年の全日本選手権で山本聖子に敗れて以来の黒星だ。

 昨年の世界女子選手権(東京)で優勝した後、「一区切りついた」と話していた。この敗北を機に長期休養や引退も考えられた。そんな周囲の声をよそに、正田は7月4日の全日本社会人選手権(和光市総合体育館)のマットに立っていた。試合では低空の飛行機投げを決め、その後もパワーで相手を追い詰めるなど、いつもの正田の姿があった。難なく優勝し、わずか2週間で復活の白星を挙げた。

 「4月の全日本女子選手権は、北京五輪までの闘い財産で勝っていた」と話す正田は、世界選手権代表を逃した理由を、「言い訳だけど、練習が積めていなかった」と話す。4月から網野高校の教員になりって仕事との両立でやってきたが、力及ばなかった。「今まで通りの練習環境は整っているのに…。応援してくれる方たちに申し訳ない」と、踏ん張り切れなかった自分を責めた。

 その思いがあったからだろう、社会人選手権ではしっかり立て直し、“引退説”を吹き飛ばした(左写真)。今後のことについては「負けたまんまでいてはいけないし、レスリングは勝たないと意味がない競技」と、12月の天皇杯全日本選手権でリベンジ戦に挑む腹積もりだ。

 休養しない理由は、教え子の高校生たちの頑張りが影響しているようだ。「高校生も試合がたくさん続いているんですよ。“先生”の私も負けていられないです。網野高校のレスラーたちの最高のお手本となるべく、正田はマットに立ち続ける―。


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