【特集】結果は出なかったものの、レスリングへの思いを再確認し、今後の起爆剤になった!【2009年8月15日】

(文・撮影=樋口郁夫)



 約10ヶ月の充電を得てマットに戻ってきた女子72kg級の浜口京子(ジャパンビバレッジ)の復帰戦は、世界のレベルアップと自らのいる位置を思い知らされたほろ苦い経験となった(右写真=両親に見守られながら闘う浜口)。3位決定戦で負けたあとは、母・初枝さんにも「一人にしておいて」と言い放ち、体育館の裏で悔し涙を流したという。

 だが、負けて悔しさが湧いてくるうちは、上を目指して闘っていくもの。「またレスリングに打ち込む気持ちになった。今後の起爆剤になった」と話し、「来てよかった」と総括。当初は6月に予定されていた英国カップに参加の予定だったが、それが中止になり、より強豪の集まる大会として有名な今大会への参加になった。結果として現役世界チャンピオンと闘え、2012年ロンドン五輪を目指す気持ちが強くなって、いい結果となった。浜口の再スタートは始まったばかりだ。

■世界チャンピオン相手に意地を見せたが…

 1、2回戦は大量ポイントを取ることがなかった代わりに、固い守りで失点を許すことなく勝った。どんな選手でも緊張するであろうブランク後の最初の試合を順当に連勝し、硬さがとれていい形で準決勝へ進むことができた。そこで相対したのは、世界選手権3連覇中、浜口にとっては“因縁”の相手でもあるスタンカ・ズラテバ(ブルガリア)。

 2006年世界選手権での頭突き事件の“恨み”はすでに消え、マットを降りれば片言の英語で話をするなど、偉大な世界チャンピオンと認めている相手。北京五輪こそ極度のプレッシャーに襲われ銀メダルに終わったものの、今年に入ってから欧州選手権とゴールデンGP決勝で優勝し、世界一の実力を持っている選手であることは間違いない。

 10ヶ月のブランク後の自分が世界のどの位置にいるかを知る最高の相手だったと言える。結果は、休むことなくレスリングを続けていたズラテバとの実力差を見せつけられる現実が待っていた。2007年の世界選手権でもかかった見事な飛行機投げを第1ピリオド早々に受けてしまい(左写真)、試合開始から自分のレスリングができなかった。

 0−3とされたあとの第2ピリオドの後半に反撃し、意地を見せることはできた。しかし2−3とされてグラウンドの防御となったズラテバは、時計をチラリと見て残り時間が20秒だと分かるや、勝利を確信した顔へ。「1点差にされることはあっても、逆転はされないわよ」とでも言いたげな自信に満ちあふれていた余裕十分の表情は、最後の2失点も“自分の土俵の上での出来事”であることを物語っていた。浜口自身も、第2ピリオドの3度のテークダウンは「テクニックの差です」と話し、ズラテバの一流の技の仕掛けを認めていた。

■本人の感覚では「完敗」ではなく、「努力すれば勝てる差」

 3位決定戦でも、2004年アテネ五輪銀メダリストであり、今年の欧州選手権でズラテバと優勝を争って2位となったグゼル・マニュロバ(ロシア)に1点も取れずに完敗。クリンチの攻撃権をものにできなくては、勝ち目はなかった(右写真)

 浜口がロシア選手に敗れたのは、これが初めて。ロシアは今月の世界ジュニア選手権でも圧倒的強さで団体優勝するなど、トップ選手・若手選手ともに躍進が著しい国。浜口はこれまで中国やブルガリアに分が悪かったが、ロシアも強敵のひとつに加わったことは間違いない。

 しかし、これらの結果をもって「限界」と考えるのは明らかに間違っている。10ヶ月のブランクがあるのだから、これで勝てれば天才。ある意味では「負けて当たりまえ」だ。日本人は生真面目なところがあり、世界チャンピオンやそれに準ずる選手が負けると、一大事件であるかのように考えるところがある。負けて話題になり騒がれるというのは、その選手が一流である証明なのだが、勝負の世界は、勝ったり負けたりしながら実力を伸ばしていくもの。

 ほろ苦い復帰戦となったが、本人の感覚としても「完敗」というものではなかった。「心も体も落ち着いて闘うことができた」そうで、パニックになっての負けではない。「口では何とでも言えますが」と前置きしながら、「努力すれば勝てる差。世界のトップ選手の力を肌で感じることができ、参加してよかった」。そして闘っている時の浜口の目は、死んでいなかった。その目は獲物を追う野獣の目以外のなにものでもなかった。

■「レスリングをすることが楽しいと思えた」という満足感を胸に、帰国の途へ

 昨秋の世界女子選手権以来、全日本チームから離れてマイペースで練習してきた。ロンドン五輪を目指すには全日本チームに復帰することが必要だが、それとは別に、単独で欧州に練習に行くなど、北京五輪までの16年間とは違った形での強化も続けてきたい気もあるという。外国のいろんなタイプの選手と練習しなければ、強くなれまい。「試行錯誤しながら、自分に一番の方法を見つけ、強化していきたい」と、今後の練習計画を話してくれた。

 「レスリングをすることが楽しいと思えた」という価値ある異国での復帰戦。体育館の裏で悔し涙を流した約23時間後、浜口はレスリングへの思い再確認し、満足感を胸にワルシャワを後にした。



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