【特集】世界選手権へかける(1)…女子59kg級・山名慧(アイシン・エイダブリュ)【2009年8月22日】

(文=樋口郁夫)



 今年の世界選手権の日本代表21選手のうち、最も鮮やかな新旧交代を成し遂げて晴れの舞台に立つのが、女子59kg級の山名慧(アイシン・エイダブリュ=左写真)だ。6月21日に行われた世界選手権代表決定プレーオフ、現役世界チャンピオンの正田絢子(京都・網野高教)をフォールで破り、初の世界選手権へのキップを手にした。

 世界チャンピオンを破っての堂々とした日本代表権獲得。だが、一方では世界選手権への道が閉ざされかけ、どん底からはい上がった世界選手権行きのキップでもあった。

■打倒正田にかけたが、若手選手に足元をすくわれる!

 山名は昨年12月の天皇杯全日本選手権で優勝。世界選手権出場へ向けて希望に胸をふくらませていた。しかし4月の全日本女子選手権で若い伊藤友莉香(環太平洋大1年)に0−2(3-B,0-3)敗れて初戦(2回戦)敗退。正田だけが敵だと思っていた山名にとっては、奈落の底に落とされたようなショックだった。

 「第1ピリオドを取られて動揺してしまい、第2ピリオド、何をやったか全く覚えていないのです」。全日本チャンピオンらしからぬ敗戦に、正田とのプレーオフを取り辞めることもありうると伝えられた。伊藤がアジア選手権(タイ・パタヤ)の代表に選ばれて優勝するに至って、絶望感はさらに強まった。

 よほど悔しく、情けない思いになったのだろう。この時のことを振り返ってくれた時の山名の目は真っ赤になった。結局、規定どおりにプレーオフが行われることになり、「このチャンスを生かさなければ」と思って全力で闘った結果が、初の日本代表権の獲得だった(右写真=打倒正田を果たし、吉田栄勝コーチに祝福されて涙を流す山名)

 中京女大〜会社の先輩の甲斐友梨選手(51kg級)が、堀内優選手の負傷辞退によって世界選手権に行けることになるかもしれず、プレーオフの前日に「一緒に行こうよ」と声をかけてくれ、「大きな勇気が湧いてきた」と言う。1人で取った代表権という思いはない。

 最終的にチャンスを与えてくれた中京女大の栄和人監督(女子強化委員長)、プレーオフに来てくれ、いつも応援してくれている福井・若狭キッズ教室の竹本雅之代表ら、これまで支えてくれた様々の人の顔を思い浮かべながらの世界選手権初出場だ。

■2005年世界ジュニア・チャンピオンに続いての世界チャンピオンなるか

 「プレーオフまでは、正田さんに勝つことしか考えていなかった」。世界選手権へ向けての気持ちが高まり、課題に挑む気持ちになったのは7月に入ってからで、女子7選手の中では最も出遅れた形。正田を破らずして世界選手権のことは考えられないのだから、それは当然だろう。

 しかし7月の中旬にはゴールデンGP決勝大会(アゼルバイジャン・バクー)に出場する機会があり、格好の前哨戦を闘うことができ、いやがおうでも気持ちは盛り上がった。

 「日本代表としての出場は、ずっしりと重く感じます」。プレッシャーに負けなければいいが、2005年の世界ジュニア選手権(リトアニア・ビリニュス)に出場した時は、後輩でもある63kg級の西牧未央がいち早く優勝を決めるなど軒並み好成績をおさめた中で優勝している。プレッシャーのかかる中で「自分も負けられない」と気持ちを振るい立たせて優勝したのだから、その重さをプラスのエネルギーに変えてほしいところだ。

 2008年のワールドカップ(中国・太原)では、吉田沙保里選手がマルシー・バンデュセン(米国)に敗れて連勝記録がストップ。日本陣営に衝撃が走り、マットサイドでは吉田選手ががっくりとうなだれた。コーチ、選手、日本から駆けつけた大勢の報道陣のだれもが現実を信じられないといった状況。言い方は悪いが、「魂が抜けたようなチーム・ジャパン」の中でマットに上がったのが山名だった。

 山名は2−0(3-1,1-0)で勝ち、チームの勝利への望みをつなげる奮闘を見せてくれた。最悪の状況下ででも気合を入れ、自分の力を出したガッツは立派だった。この春、どん底からはい上がった経験は、その精神力をさらに強くしたことだろう(左写真=全日本合宿で吉田沙保里と練習する山名)

■59kg級で世界一にならなければ、ロンドン五輪の道は始まらない

 「ロンドン五輪に向けて、どうしようか(55kg級に落とすか、63kg級に上げるか)は全く考えていません。59kg級で世界チャンピオンにならなければ、55でも63でも勝負にはなりません。銀メダル、銅メダルはいりません。目標は金メダルだけ」。

 どん底からはい上がり、新旧交代を実現して勝ち取った日本代表権――。「参加するだけ」のキップにするわけにはいかない。

 山名慧(やまな・けい)=アイシン・エイダブリュ

 1986年7月1日、福井県生まれ、23歳。福井・若狭キッズ教室出身。愛知・中京女大付高〜中京女大卒。2004年にアジア選手権の代表へ(7位)。同年のJOC杯ジュニア選手権でも勝ち、アジア・ジュニア選手権で優勝。2005年はジュニアでアジアと世界を制覇。2006年もアジア・ジュニア選手権で優勝した。同年の全日本選手権は2位。

 2007年はジャパンビバレッジ・クイーンズカップで優勝したものの、プレーオフに敗れて世界選手権の出場は逃した。しかし、ワールドカップの代表に選ばれたほか、アジア選手権3位と国際大会を積んだ。2008年はワールドカップ出場のあと、全日本女子選手権2位を経て、全日本選手権で初優勝した。

 2009年はワールドカップに出場し2勝2敗。7月のゴールデンGP決勝大会は3位。160cm。

 ◎山名慧の最近の国際大会成績

 《2007年》

 【ワールドカップ】個人順位3位
予選1回戦 ○[フォール、1P(F5-0)]Tatiana Bokhan(ベラルーシ)
予選2回戦 ○[フォール、1P(F2-0)]Christine Knittel(ドイツ)
予選3回戦  BYE
決    勝 ●[0−2(0-5,0-3)]Sun Dongmei(中国)

 【アジア選手権】3位(9選手出場) 
1回戦  ●[1−2(2-1,0-4、TF0-7=1:45] Yang Senlian(中国)
三決戦 ○[フォール、2P0:56(TF6-0=1:11,F7-0)] Salomat Kuchimova(ウズベキスタン)

 《2008年》

 【ワールドカップ】=個人順位不明
予選1回戦  ○[2−0(AB-2,@L-1)]Katerina Dombrovska(ウクライナ)
予選2回戦   BYE
予選3回戦  ○[2−0(3-1,1-0)]Leigh Jaynes(米国)
三位決定戦 ●[0−2(0-1,1-2)]Olga Ssmirnova(カザフスタン)

 《2009年》

 【ワールドカップ】個人順位6位
予選1回戦  ●[1−2(0-3,0-3=2:05)]Lan Zhang(中国=張藍)
予選2回戦  ○[2−0(4-0,5-0)]Nadzeya Mikhakova(ベラルーシ)
予選3回戦  ●[0−2(0-1=2:03,0-1]Deanra Rix(米国)
三位決定戦 ○[2−1(0-2,4-3,3-0)]Ganna Vasylenko(ウクライナ)

 【ゴールデンGP決勝大会】3位(8選手出場)
1回戦  ●[0−2(1-2,0-5)]Johanna Mattsson(スウェーデン)
三決戦 ○[フォール、1P0:41(F4-0)]Irina Husyak(ウクライナ)


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