【特集】世界選手権へかける(3)…女子51kg級・甲斐友梨(アイシン・エイダブリュ)【2009年8月27日】

(文=樋口郁夫)



 オリンピック実施階級ではないため、残念ながら注目度は劣っているが、女子51kg級というのは日本にとって“黄金の階級”だ。2003年から昨年まで世界選手権5大会連続で金メダルを獲得。1998年から昨年まで10度の世界選手権のうち、9度でメーンポールに日の丸が上がった。

 50kg級時代を含めれば1991年から17年連続でメダルを取り続けている。日本が世界に誇るべき階級のひとつ。今年の世界選手権で、この伝統の階級に出場するのが甲斐友梨(アイシン・エイダブリュ=左写真)。本来の日本代表の堀内優(日大)が肩の手術に踏み切るため、代表権が回ってきた。

 繰り上げ出場だからといって「負けて元々」などといった気持ちは持っていない。「ずっと(坂本)日登美先輩が守ってきた階級。私が負けてしまうと、『一番手を派遣しなかったから』と言われるのは目に見えています。そんなことは絶対に言われたくありません。堀内選手もすごく悔しい思いをすると思います」。2番手という意識は持たない。まごうことない日本代表として、金メダルを取りに行く。

■6月の「オーストリア女子オープン」で国際大会初優勝! 昇り調子で世界選手権へ

 4月の全日本女子選手権で堀内に敗れた直後は、「先が見えなくなった」と言う。しかし、気持ちの落ち込みはそれほど長い期間ではなかった。堀内の肩の負傷を知っており、「自分にチャンスがくるかもしれない。合宿の練習で堀内選手をしのぐことができれば…」と、逆転出場のわずかな望みは消えていなかったという。

 「たとえそれがかなわなくても、そうした気持ちで臨むことが来年の代表権獲得につながる」と、早々と気を持ち直すことができた。それがゆえに、世界選手権へ向けての準備にハンディはないと振り返る。

 世界選手権には初出場だが、日本代表メンバーとしてアジア選手権などに出場したことはある。だが、いずれも金メダルには手が届かなかった(ワールドカップ48kg級の個人優勝は除く)。2004年アジア選手権(東京)、2006年アジア選手権(カザフスタン)、同年ゴールデンGP決勝大会(アゼルバイジャン)といずれも銀メダル。2005年ユニバーシアード(トルコ)と昨年のアジア選手権(韓国)は女子でただ1人、メダルを取れずに終わった。

 しかし今年6月13日の「オーストリア女子オープン」(ゴールデンGP予選大会)で国際大会初優勝を達成した(右写真)。「小さな大会でしたが、優勝したことで見えない壁が破れたかな、と思います」と、上昇ムードで初の大舞台を迎えることになった。「これまでは、ともすると見合ってしまい、先に攻められると臆病になってしまっていた。この大会は常に自分の方から攻撃できました」と、明らかにワンランク上にいけたという感触のある内容でもあった。

■7月にアジア・チャンピオンに敗れたが、“価値ある黒星”にすることができるか

 7月のゴールデンGP決勝大会(アゼルバイジャン)は、北京五輪48kg級5位であり今年の51kg級アジア・チャンピオンのタチアナ・バカチュク(カザフスタン)に決勝で敗れて“銀メダルの定位置”に戻ってしまったが、第1ピリオドは0−0からクリンチで負けたものであり、一方的にやられたものではなかった。

 「腕を取ってくる選手であり、カウンターで大技をかけてくる選手と聞いていた。腕を取らせないという意識が強すぎ、後手に回ってしまった」。これまでの国際大会での黒星は、一方的に攻められて敗因も何も考えられないような負け方ばかりだったが、この試合は敗因が明確に分かった試合。それだけに対策も考えやすい。

 さらに、これまでに感じたことのない悔しさに見舞われたそうで、その気持ちになったこと自体、確実に一段上に上がった証拠だ。「世界選手権の前にこうした負けを経験できたことがよかった」と前向きにとらえることができた。“価値ある黒星”とすることができるか。

■3人の世界チャンピオンと毎日のように練習

 世界の51kg級の選手の中で、甲斐ほど恵まれた環境にいた選手はいない。中京女大では48kg級に伊調千春、55kg級に吉田沙保里がいて、五輪メダリスト&世界チャンピオンにはさまれて毎日練習していた。全日本合宿では、同級に不動の世界チャンピオンの坂本日登美がいた。世界のどこを探しても、これだけの強豪を相手に汗を流してきた選手はいまい。

 指導にまわった坂本日登美コーチには、今でもスパーリングでやられることが多い(左写真:坂本コーチと練習する甲斐=左)。すごいと思うことのひとつは、自身は体調のいい時と悪い時とで練習内容に差ができてしまい、いわば波があるのに対し、坂本コーチはその波が全くないこと。「これが世界チャンピオンの強さなんですね」。その強さを身につけなければ世界チャンピオンになれないことは、言うまでもない。

 来年以降、堀内選手との差をばん回して真の日本代表になるためにも、目指すは「金メダルだけ」と言い切る甲斐。男子の伝統の階級とも言えるフリースタイル60kg級では、井上謙二が2004年アテネ五輪で、湯元健一が2008年北京五輪で、いずれも日本の2番手からはい上がって五輪出場権を獲得し、銅メダルの栄光を手にしている。「2番手でも期待できる」のが伝統の階級。自信を持って臨んでほしい。

甲斐友梨(かい・ゆり)=アイシン・エイダブリュ

 1984年5月8日、滋賀県生まれ。25歳。滋賀・八幡工高〜中京女大卒。中学時代は柔道の選手。八幡工高に進んでからレスリングに取り組み、中京女大に進んで2004年ジャパンクイーンズカップで優勝。同年のアジア選手権は2位。2005年ユニバーシアード出場のあと、2006年はアジア選手権とゴールデンGP決勝大会でともに銀メダル。同全日本選手権も2位に終わった。

 2007年ワールドカップは48kg級に出場し、4戦全勝で個人優勝。しかし全日本選手権では2位に終わり、2008年アジア選手権は5位。同年の全日本社会人選手権で優勝したものの、NYAC国際オープンは3位。

 2008年全日本選手権、2009年全日本女子選手権とも2位に終わったが、同年のオーストリア女子オープンで国際大会初優勝。ゴールデンGP決勝大会は2位だった。156cm。

 ◎甲斐友梨の最近の国際大会成績

 《2007年》

 【ワールドカップ(48kg級)】個人優勝
予選1回戦 ○[フォール、2P(2-0mF30)]Marina Markevich(ベラルーシ)
予選2回戦 ○[2−0(2-0,2-0)]Brigitte Wagner (ドイツ)
予選3回戦  BYE
決    勝 ○[2−0(2-1,5-0)]Ren Xueceng (任雪層=中国)

 《2008年》

 【アジア選手権】5位(7選手出場)
1回戦 ●[1−2(0-1=2:05,1-0=2:11,1-4)]Huang Wenjuan(黄文娟=中国)

 【NYACオープン国際大会】3位(7選手出場)
1  回  戦 ●[0−2(3-4,2-4)]Katherine Fulp-allen(米国)
敗者復活戦  BYE
敗者復活戦 ○[2−0(1-0,2-0)]Jessica Medina(米国)
三位決定戦 ○[2−0(1-0,5-2)]Natasha Umemoto(米国)

 《2009年》

 【オーストリア・オープン】優勝(12選手出場)
1回戦  ○[フォール、1P=0:30(F3-0)]Francine de Paolo(イタリア)
2回戦  ○[2−0(1-0,@L-1)]Sofia Mattsson(スウェーデン)
準決勝 ○[2−0 (TF6-0=1:36,TF6-0=0:58)]Dilek Atakol(トルコ)
決  勝 ○[2−0(2-0,3-0)]Gen Haley(カナダ)

 【ゴールデンGP決勝大会】2位(10選手出場)
1回戦  ○[2−0(2-0,2-0)]Emese Szabo(ハンガリー)
2回戦  ○[2−1(4-0,0-1=2:30,TF6-0=1:43)]Ekaterina Krasnova(ロシア)
準決勝 ○[2−0(1L-1,2-1)]Sofia Mattsson(スウェーデン)
決  勝 ●[0−2(0-3=2:21,3-5)]Tatyana Bakatyuk(カザフスタン)


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