【特集】世界選手権へかける(14)…男子フリースタイル66kg級・米満達弘(自衛隊)【2009年9月9日】

(文=樋口郁夫)



 キッズ・レスリングの隆盛を示すかのように、キッズ・レスリング出身選手が多くなった各種国際大会の日本代表選手。今年の世界選手権の男子フリースタイルは、7選手中6選手がキッズ・レスリングの経験者だ。ただ一人、そうでないのが66kg級の米満達弘(自衛隊=左写真)。

 高校に入学してレスリングを始め、最初はキッズ出身選手との途方もない差を感じたという。そこから一歩ずつ階段を昇り、日本一に輝いて世界一を目指すことになった。「高校からレスリングを始めた選手の目標になるね」の声に、「高校からレスリングを始めても、世界選手権で金メダルを取れることを証明したいです」との答。

 キッズ・レスリング出身の選手の活躍は、日本のレスリングが発展するために重要な要素だが、彼のような“遅蒔き選手”も必要。エリート選手に対する意地が期待される。

■高校の全国王者ではなかった米満が“一番出世”の1986年生まれ

 キッズ・レスリングが盛んになり、高校入学後にレスリングを始めて2年半で全国一になるのは難しい時代だ。米満は柔道の基礎があっただけに、その点では有利で、最後の夏(2004年)のインターハイでは2位に入賞した(グレコローマンでは、全国高校グレコローマン選手権と国体で優勝)。

 その時のチャンピオンは大沢茂樹(茨城・霞ヶ浦=現プロ格闘家)。全国中学王者を経験している選手で、この年は高校三冠王(全国高校選抜大会、インターハイ、国体)に輝き、JOC杯ジュニアオリンピックでも大学生に混じって2位に入賞していた強豪だ。

 決勝まで進んだ米満だったが、大沢には0−10のテクニカルフォールで完敗。「埋められるものだろうか、と思うくらいの差でした」と振り返る。しかし、大学へ行き、大沢とは別階級になったが、キッズ経験者との差は「少しずつ埋まっていったような気がした」という。

 2004年に各全国大会でチャンピオンに輝いた選手で、今年の世界選手権メンバーに入っているのはフリースタイル120kg級の荒木田進謙だけ(学年は1年下)。大学では上位に名前が残ることなく消えていった選手もいれば、学生王者になった選手であっても、卒業すると第一線のマットを去っていった。それぞれの人生だから、実社会に活路を見い出すことは決して否定されることではないが…。

 1986年度生まれで現役選手として残っているのは、全国王者ではなかった米満ほか数選手。今年のアジア選手権(タイ)では、米満がフリースタイルで最高の成績(銀メダル)を取り、チームのエースにまで成長した。何がそうした“逆転”につながるのか。

 「試合で結果が出て、それが自信になって、さらに高い目標ができて…。(究極の)目標を高く持ち、あきらめないことだと思います」。米満は早くから「世界チャンピオンになる。オリンピック・チャンピオンになる」と口にし、自分自身を刺激してきた。そのために、限りなくストイックにレスリングに打ち込んできた(右写真:宴会ではマット上の真面目さが信じられないほどのひょうきん男に豹変。松本真也=右=と宴会部長を争う)

 そのひたむきさこそが、今の米満のすべてだ。「1日は24時間あるわけです。できる限りの練習を集中してやれば、キャリアの浅さを埋めることはできると思います」。必死の思いでキャリアにまさる選手を追ってきた日々を、そう思い返す米満。練習時間を1日30分多くとれば、その積み重ねがキッズ時代からレスリングをやってきた選手の総練習量を越える日がくる。

■目標は「オリンピック」ではない! 「オリンピックの金メダル」−

 その練習量と志(こころざし)の高さが、拓大進学後にJOC杯ジュニアオリンピックで優勝し、2004年アテネ五輪5位の池松和彦選手を破り(2006年全日本選手権)、2008年の世界学生選手権で優勝という成績につながった。銀メダルや銅メダルだと、たとえ国際大会であっても笑顔は出なかった(左写真=2007年ヤシャ・ドク国際大会で銀メダル。国際大会初のメダルだが、最後までうつむいていた。優勝者はその後、2007年世界選手権と2008年北京五輪の王者に輝いた選手)

 ただ、今年のアジア選手権は「初出場なので、自分の力がどのくらいにあるのか知りたい気持ちが強かった」そうで、この気持ちのせいで「決勝に進んで満足した面があった」と、彼らしからぬミスを犯した。世界選手権では同じミスを繰り返すつもりはない。

 また、決勝の相手のメフディ・タガビ・ケルマニ(イラン)とは技術の差があったことも確かで、気持ちだけで勝てるほど、世界のレスリングは甘くないことは十分に感じている。「(ケルマニは)日本選手にはいないスタイル。粘る体力があった」そうで、その黒星以降、技術アップにも全力投球で臨んできた。

 「アジア選手権は、いい予行練習になりました。2位に終わりましたけど、収穫は大きかった」。初の世界選手権を迎えるにあたり、「ドキドキより、ワクワクという気持ちの方が強いですね」と、不安よりも「やってやる」という気持ちの方が強い。

 「レスリングを始めた時期なんて関係ないんですよ。他の競技にも、高校に入ってからその競技を始めてオリンピック選手になった人はいるはずです」。もちろん、彼の場合は「オリンピック選手」では満足しない。目標は「オリンピックの金メダル」。そのためにも、今年の世界選手権は衝撃デビューを飾りたい。

米満達弘(よねみつ・たつひろ)=自衛隊

 1986年8月5日、山梨県生まれ、23歳。山梨・韮崎工高〜拓大卒。高校時代は全国高校グレコローマン選手権と国体グレコローマンで優勝するが、フリースタイルではインターハイ2位が最高。

 拓大に進み、2年生の時(2006年)にJOC杯ジュニアオリンピックで優勝し、世界ジュニア選手権に出場。同年度の全日本選手権でアテネ五輪5位の池松和彦を破るなどして2位に躍進。2007年はヤシャ・ドク国際大会(トルコ)で2位に入賞するなど力をつけ、全日本学生選手権で優勝。全日本大学選手権は74kg級で2位。

 2008年は世界学生選手権で優勝したあと、学生二冠(全日本学生選手権、全日本大学選手権)を制覇。全日本選手権で初優勝した。2009年はヤシャ・ドク国際大会で優勝し、アジア選手権で2位。全日本選抜選手権で勝って世界選手権の代表へ。168cm。

 ◎米満達弘の最近の国際大会成績

 《2007年》

 【ヤシャ・ドク国際大会】2位(27選手出場)
1回戦   BYE
2回戦  ○[フォール、3P0:18(0-4,5-2,F3-0)]Martin Emilov(ブルガリア)
3回戦  ○[2−0(1-0,2-1)]Kuyucu Mustafa(トルコ)
準決勝 ○[2−0(4-2,TF9-5=1:34)]Zack Esposito(米国)
決  勝 ●[0−2(0-3、TF0-7=0:51]Ramazan Sahin(トルコ)

 《2008年》

 【デーブ・シュルツ国際大会】5位
1回戦   BYE
2回戦  ○[途中棄権、2P]William Zadick(米国)
準決勝 ●[2−1(4-3,TF6-0,TF6-0)]Trent Paulson(米国)
敗復戦 ●[2−1(0-1,1-0,0-1)]Batzorig Buyanjav(モンゴル)

 【世界学生選手権】優勝(12選手出場)
1回戦  ○[2−0(5-0,4-0)]Dmitry Shadrin(ロシア)
2回戦  ○[2−0(1-0,2-0)]Josh Churella(米国)
準決勝 ○[フォール、3P0:49(0-1,2-1,4-0)]Gergo Woller(ハンガリー)
決  勝 ○[2−1(5-DB,1-0,4-3)]Yasin Bolat(トルコ) 

 《2009年》

 【ヤシャ・ドク国際大会】優勝(30選手出場)
1回戦  ○[2−0(3-0,4-2)]Yusuf Beneku(トルコ)
2回戦  ○[2−0(2-0,4-0)]Ishan Capas(トルコ)
3回戦  ○[2−0(1-0,1-0)]Haisian Garcia(カナダ)
準決勝 ○[2−0(3-1,4-2)]Unurbatov(モンゴル)
決  勝 ○[2−0(1-0、TF6-0)]Okay Koksal(トルコ)

 【ダン・コロフ国際大会】9位(23選手出場)
1回戦 ○[2−0(1-0,TF6-0=0:31)]Nikolay Kurtev(ブルガリア)
2回戦 ●[0−2(0-1=0:08,1-1)]Muhammed Ilkan(トルコ)

 【アジア選手権】2位(18選手出場)
1回戦   BYE
2回戦  ○[2−0(5-1,6-0)]Jilibu Hei(中国)
3回戦  ○[2−0(2-0,2-0)]Bator Bazarov(キルギス)
準決勝 ○[2−1(1-2,3-1,6-0)]Kim Dai-sung(韓国)
決  勝 ●[0−2(1-1,0-3)]Mehdi Taghavi Kermani(イラン)


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