【特集】前にかける圧力に磨きをかけ、全日本王座奪取を目指す…男子フリースタイル84kg級・山口剛(早大)【2009年11月30日】

(文=樋口郁夫)



 11月24〜16日に東京・駒沢体育館で行われた東日本学生秋季新人戦。大学1、2年生による大会で、学生王者、さらに全日本王者につながる登竜門としての大会だ。今回、その大会に全日本王者を狙える“新人”が出場した。

 男子フリースタイル84kg級の山口剛(たけし、早大2年=左写真)。フリースタイルでは全試合フォールで圧勝し、本来のスタイルではないグレコローマンも、3試合で第1ピリオドのフォール勝ち2試合の内容で優勝した(計7試合で失ポイント0)。それだけなら、全日本選手権の優勝候補に挙げるには無理があるだろうが、2007年の高校三冠王者(当時岐阜・中津商高)から今年11月14〜15日に行われた全日本大学選手権でチャンピオンに輝く成長ぶりを見れば、世界選手権代表の松本真也(警視庁)の対抗馬として浮上したと考えても不思議はない。

 12月21日からの天皇杯全日本選手権(東京・代々木第2体育館)では「優勝を狙います」ときっぱり言い切る20歳。全日本大学選手権での優勝を自信に、一気に日本一の座を奪取して世代交代を目指す。

■全日本選手権へ向けて、どん欲に実戦経験を積む

 2年生で大学チャンピオンになるような選手が、これまで3度の新人戦で優勝していなかったというのは不思議なこと。1年生の春は決勝で天野雅之(中大)に、秋は準決勝で永田裕城(日大)にそれぞれ敗れ、今年の春の新人戦は全日本選抜選手権と日程が重なったため不出場だったからだ。

 高校時代の強豪は早ければ1年生で新人戦優勝を果たす。その意味では大学レスリングの壁にぶつかった1年生時だったが、同年11月に行われた全日本大学選手権では2位に躍進し、12月の全日本選手権では永田にリベンジするなど、2度の新人戦V逸をしのぐ実力は見せた。

 その勢いで今年は大躍進。世界ジュニア選手権出場を果たし、全日本大学選手権では前述の天野、永田の2人を破って優勝(9月の全日本学生選手権はひざの負傷で棄権)。ひとつの壁を越え、全日本王者を狙う位置にまで来た(右写真:全日本大学選手権決勝で闘う山口=青、撮影=名取勝)

 そんな選手なら、全日本選手権へ向けて万全のコンディションをつくる時期であり、全日本大学選手権から10日しか経っておらず、全日本選手権まで1ヶ月を切った時期に行われる新人戦は無理に出場しなくてもいい大会だったかもしれない。

 しかし山口は「試合に出れば、試合でしか分からない欠点が見つかります」として出場に踏み切った。全日本大学選手権では「見合ってしまって前に出られない試合もあった」という反省があり、この克服のためにも実戦経験が必要だった。結果は、どの試合でも組み手で勝ち、差し押しで圧倒してテークダウンを奪い、フォールへ持ち込む試合ができた。

■とことんフォールにこだわった新人戦両スタイル

 1ピリオド2分の3ピリオド制で行われる現行ルール下では、「実力差があるからフォール勝ちにつながる」と考えるのは間違いだ。相手を倒して体を返し、押さえつけて両肩をマットにつけるのは、ものすごい体力と精神力が必要とされる。テークダウンで1、2点を取り、残り時間を流す方が楽な闘い方であり、実力差があってもフォールを狙わないことが多い。何試合もこなさねばならない大会の場合は、それもひとつの方法だろう。

 にもかかわらず、とことんフォールにこだわったところに山口の実力アップにかける並々ならぬ姿勢を感じることができる。きつさを避けて流す試合をやる選手が、将来、世界で勝てる選手に成長するだろうか。「ライオンは兎(うさぎ)を狩るにも全力を尽くす」ということわざがあるように、勝負の世界に必要なことは1試合1試合に全身全霊をかけて挑むこと。

 実力差のある相手に対して、あくまでもフォール勝ちを狙っていった山口の姿勢にこそ、世界を目指した向上心が満ちあふれている(左写真=フォールにこだわった新人戦)。本来のスタイルでないグレコローマンに出場したのも、自分の実力アップに役立てるためだ。中学時代は柔道で岐阜県の高校チャンピオンになっただけあり、投げ技は得意。投げ技や差し合いといったグレコローマンの技術がフリースタイルにも役立つことは常識であり、これも山口の強さを求める気持ちの表れだ。

 早大の太田拓弥コーチは「今年の世界ジュニア選手権で初戦で負け、世界で勝つために必要なものがわかったようです」と分析する。同コーチは「(全日本大学選手権では)ラスト何秒かで返されたり、ポイントを取ってもすぐに取り返されたりして、まだまだ甘いところがある」と厳しく指摘する一方、今回の新人戦での前へ前へと圧力をかけていく闘い方には満足そう。この闘い方を、いかに上のレベルの大会でできるかが、今後の飛躍のポイントと見ている。

■世界で勝つために必要な「前にかける圧力」がすばらしい!

 山口の試合を見ていた全日本学生連盟の滝山将剛会長(国士舘大部長)は、教え子である1976年モントリオール五輪フリー74kg級金メダリストの伊達治一郎選手の若かりし頃の闘い方に似ていると評する。伊達選手も最初の頃は荒削りで、「10回攻撃して1回しかポイントにつなげられなかった」というが、全身を使って前へ前へと出て行くレスリングだったという。

 「経験を積むうちに、10回に1回が5回に1回になり、3回に1回になっていく。小手先のうまさで勝つ選手は将来につながらない。大切なのは前へかける圧力。山口のそれはすばらしい」と絶賛した(右写真=前へ、前へと出た新人戦)

 学生王者の松本篤史(日体大)がチーム事情で不出場の今年の全日本選手権。敵は世界選手権代表の松本真也と、6月に負けている昨年の96kg級大学王者の門間順輝(秋田県体協)の2人か。日本の重量級を活性化させるためにも、全日本選手権での奮戦が期待される。


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