【特集】シンガポールで「0」からの指導を始めた元全日本コーチ、セルゲイ・ベログラゾフ氏(ロシア)【2009年12月4日】

(文・撮影=樋口郁夫)



 1994年7月から1998年3月まで男子フリースタイルの全日本チームを指導し、和田貴広(1995年世界選手権フリースタイル62kg級2位、現国士舘大コーチ)や太田拓弥(1996年アトランタ五輪フリースタイル74kg級3位、現早大コーチ)らを育てた世界V8(五輪2度を含む=主にフリースタイル57kg級)のセルゲイ・ベログラフ氏(ロシア)が、今春からシンガポールで指導を開始。11月23日から男子3選手、女子2選手を連れて来日し、国士舘大で合同練習を行った(右写真=国士舘大で指導するセルゲイ氏)

 日本にいた時には国士舘大のそばに住居を構え、全日本合宿以外の時は国士舘大で現役真っ最中の和田コーチらを指導していた。国士舘大は最もなじみのあるチーム。約11年半ぶりにレスリング場を訪れ、「変わってないね、マットも設備も。でも、天井はちょっとすすけてきたね。昔はもっと白かったよ」との感想。ここで和田コーチを指導し、アトランタ五輪への勝利に向けてまい進していた時が懐かしそう。

 シンガポールはこれまでレスリングをやっていなかった。しかし来年8月にユース五輪を開催する同国オリンピック委員会の決定でレスリングを手がけることになり、ロシアでコーチをやっていたセルゲイ氏に白羽の矢が立った。まず始めたのが選手集め。柔道など存在する格闘技の選手に声をかけ、10選手程度集まった。今回連れてきた5選手もこの春からレスリングに取り組んだ10代の選手ばかり。国士舘大の選手には到底太刀打ちできる段階ではないが、朝倉利夫監督は「セルゲイからマンツーマンで指導を受けているだけに、技術の基本はしっかりしている」と評した。

 今年9月の世界選手権(デンマーク)には48kg級の女子1選手を連れて参加。初戦で昨年の世界チャンピオンのクラリッサ・チャン(米国)に0−2(0-6,0-6)で敗れ、2ピリオドの通算タイムは1分24秒と完敗した。厳しい船出となったが、今年から結果を出そうとは思っていなかっただろう。キャリア半年の選手を世界選手権に出場させた“エリート教育”が、どう結実するか。

 シンガポールとの契約は5年。「5年後にはどのくらいまで強くする目標?」との問いに、「今は選手を集めることで頭がいっぱい。そこまで考えられないよ」と笑った。選手を引退したあとは、米国のリーハイ大で指導したあと、日本、米国、ロシアでトップチームの指導をやってきた。全くの素人集団の指導は今回が初めて。本当の意味でセルゲイ氏の指導者の手腕が問われる5年後となりそう(左写真=シンガポールから連れてきた女子選手を指導するセルゲイ氏)

 今回の来日では、久しぶりに国士舘大のマットに立って指導者としての虫も騒ぎ出した。ちょうど新人戦が終わり、技術練習に力を入れられる時期。和田コーチにそうしたように、連日多くの技を選手に伝授。

 日本での指導を終えて11年以上が経っており、学生選手は最上級生でもセルゲイが日本で全日本チームのコーチをやっていた時のことは知らない。しかし五輪2度、世界選手権6度の優勝の実績があり、和田コーチを世界トップ選手に育てたという事実は伝わっている。53歳とは思えないスピードで動き、いくつもの技を次々と繰り出す持久力での熱心な指導に、選手は真剣に耳を傾け、実践し吸収に努めた。

 シンガポール・チームは4日に帰国し、13日からラオスで行われる第25回シー・ゲームズに出場する予定。年が明けた1月6〜8日には、シンガポールでコモンウエルス(英国連邦=英国、豪州、カナダ、インド、南アフリカなど)のカデットの大会が行われる。ユース五輪開催を機にレスリング大会の開催も手がけるなど、かなり熱を入れているようだ。世界有数のトップ選手だったセルゲイの参入で、東南アジアのレスリングが活性化しそうだ。いずれアジアのトップに躍り出ることができるか。

全日本初制覇を目指す小田裕之選手(中央)もセルゲイの技術を吸収。 シンガポールの男子選手。キャリア7ヶ月ながら国士舘大の選手に果敢に挑んだ。 練習終了後はサッカーに興じるセルゲイ。53歳とは思えない体力!

iモード=前ページへ戻る
ニュース一覧へ戻る トップページへ戻る