連勝ストップの吉田沙保里選手が練習再開【2008年1月26日】







 1月19日の女子ワールドカップ第1日の米国戦で敗れ、連勝記録が「119」でストップした女子55kg級の吉田沙保里(ALSOK綜合警備保障)が1月25日、中京女大で練習を再開。「多くの人から応援され、支えられていることを知った。この負けは北京オリンピックで金メダルを取るために負けと考えたい」と再起を誓った(左写真)

 負けた直後はショックが大きく、帰国した成田空港では詰め掛けた報道陣に対して満足な対応ができなかった吉田。「目をつぶると、(タックルを)返されたシーンが思い浮かんで、話ができなかった」と言う。父・栄勝さんの「帰って来い」という連絡で、23日に三重県の実家に帰省し、レスリングを離れた。そこで、幼いおいやめいとたわむれ、キッズ教室で必死に汗を流すキッズ選手の姿を見るうちに、「お手本にならないといけない。1回負けたくらいで、クヨクヨしていてはダメ」と思ったという。

 吉田を支えたのは、周囲のあたたかさだった。試合会場で傷心の吉田に最初に声をかけたのは、自らの存在で北京五輪への道が絶望になった51kg級の坂本日登美(自衛隊)。「北京で金メダルを取ればいいじゃない」と言ってくれたという。帰国すると、自らがアテネ五輪への道を断った山本聖子さんからの激励のメールが待っていた。

 メールや手紙は、本人、会社、大学宛に合計で100通を超え、「ここまで自分が多くの人から応援されているとは思わなかった。ここで踏ん張らなくてはダメだ」と思ったという。

 タックル返しの判定については、ビデオを見て「第1ピリオドは肩が90度以上返っていた。第2ピリオドは2点を取られても仕方ないかな、と思った。試合中は不満だったけど、今は現実を受け止めたい。外国選手は返し技を狙ってくる。ルールは返し技に有利なようになっているので、返されないタックルをやりたい」と話した。

 第2ピリオドは1−0のあとラスト数秒で返されたわけだが、そのまま流して1−0でこのピリオドを取る道もあった。その点を問われると、「(相手は)引き込むのがうまかった。それにはまってしまった」と振り返り、相手の実力を認めるとともに、悔やまれる様子だ

 道場に姿を見せた父は、「連勝はいつかは止まる。あの(アレクサンダー・)カレリンだって負けた。60連勝くらいの頃から、『大切なことは1戦1戦を勝ち抜くこと』と言ってきた。負けたからといって、いつまでもクヨクヨしていてはダメだと言った」と声をかけたという。母・幸代さんは「帰ってきた時、抱きしめてやりたいと思ったけど、監督がいたからやめました」と笑い、「沙保里に負けた選手は、この悔しさを経験して、そこから頑張ろうとしている。ここからはい上がればいい、と伝えました」と、再起を期待した。

 道場には、吉田の負けをトップページで報じた「スポーツ報知」が額に入れて飾られていた。栄監督は「負けた悔しさを忘れないためだよ」と笑ったが、吉田自身も今回の銅メダルを部屋のいつも目に入るところに飾ったそうで、悔しさを忘れるつもりはない。この日の練習は、吉田が陥ったタックル返しの対処で、勢いあまって自分の体が返らないようなタックルを研究。しっかりと対策を練っていた
(右写真)

 次の闘いは、3月のアジア選手権(韓国)を通りすぎて、4月の「ジャパンビバレッジ杯全日本女子選手権」(旧ジャパンビバレッジクイーンズカップ)になりそうだが、つまずきを乗り越え、一段と強くなることができそうだ。



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