【特集】十分なタックル返しの対策でアジアを制覇…女子55kg級・吉田沙保里【2008年3月21日】




 「タックル返しは怖くないですか?」「もう、大丈夫です」。そう答えた女子55kg級の吉田沙保里(ALSOK綜合警備保障)の顔は、レスリング女王の表情に戻っていた(左写真=恩師の中京女大・栄和人監督と吉田)

 1月の女子ワールドカップ(中国・太原)で、団体戦とはいえ2001年12月から積み上げてきた連勝記録が「119」でストップ。記者会見では人目もはばからずに泣き崩れた。「わたしが弱いから負けたんです」。傷心の思いからか、今大会はは欠場を示唆していた。しかし、北京五輪の前に行われる最後の国際大会がアジア選手権のため、出場を決意。まさかの黒星から約2カ月後の復帰戦に照準を合わせてきた。

 そして万全の状態で復帰戦に臨むはずだったが、大会計量日、会場には青ざめてほおのコケた吉田がいた。38度以上の熱に胃炎、そして下痢…。体調は最悪だった。当日にはなんとかマットの上に立てる状態に戻したが、体調不良とタックル返しがトラウマになっているのか、1回戦ではインド選手相手に慎重に試合を運ぶ吉田の姿が見られた。

■父・栄勝さんの言葉で吹っ切れた

 思いきりのいい、跳ね上がるようなタックルはなりをひそめていた。「びびっているつもりはないですけど…」(吉田)。女王の貫録を取り戻していない1回戦の試合を見て、応援に来ていた父・栄勝さんが吉田に声をかけた。「3ポイント・タックルで行けば楽になるから」。

 この言葉で吹っ切れた吉田は、2回戦から本来の動きが見られ始めた。得意の切れのいいタックルがさく裂! 失点する場面はあったもののテクニカルフォールで決勝進出を決め、表情にも明るさが戻ってきた。「神経痛胃炎だったようです。試合が終わったら痛くなくなりました。プレッシャーを感じていたんですね」と心境を吐露。以前は「緊張とか本当にしないんです」と軽やかに語っていた吉田だが、連勝記録が途絶えたことで、今まで感じなかったものに敏感になっていたようだ。

 決勝戦は女王・吉田沙保里のワンマンショーだった。組み合ってから左の片足タックルを鮮やかに決めれば、相手を引き落として巧みにバックに回る。そして腕をとってニアフォール。テクニカル・フォールで最後のピリオドを締め、アジア選手権優勝に華を添えた
(右写真=タックルがさえた決勝戦)

 この2カ月間、タックル返しの研究に時間を費やした。今回も何度も吉田のタックルが切られるシーンがあったが、「準決勝(モンゴル戦)は2回目のタックルにきたところを、腰を落としてフォールしました。(タックル返し対策の)練習の効果が出ています」と自信を見せた。

 「アジア選手権に出て本当によかった」。世界V6の吉田がアジア選手権優勝で心底うれしそう。やはり女王・吉田には涙よりとびきりの笑顔がよく似合う。

(文=増渕由気子、撮影=矢吹建夫)



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