【特集】“2016年東京五輪”まで続け! ライバル物語…女子カデット52kg級・浜田千穂&田中亜里沙【2008年4月30日】






 世界のトップに駆け上がった選手には、例外なく国内でライバルと呼ばれる選手がいた。吉田沙保里には山本聖子という壁があり、伊調馨には正田絢子という強敵が行く手に立ちはだかった。伊調千春も坂本真喜子との激戦があればこそアテネ五輪での銀メダルを手にできたのであり、今でこそ国内無敵の浜口京子も浦野弥生の壁を破るために死に物狂いの練習があった。

 同世代のライバルであれ、新旧交代を予感させるライバル関係の場合であれ、国内で「どちらが世界へ行っても優勝できる」というレベルでの激しい闘いを経験してこそ、世界で勝つ選手が生まれる。

 4月6日に行われたジャパンビバレッジ杯全日本女子選手権(東京・駒沢体育館)と今回のJOC杯ジュニアオリンピック(神奈川・横浜文化体育館)のカデット52kg級で、2006・07年の全国中学生選手権の決勝でも顔を合わせていた浜田千穂(東京・日工大駒場高=
左写真の左)と田中亜里沙(埼玉・埼玉栄高=同右)が見せた息詰まる闘いは、今後長く続くであろうライバル関係を予感させてくれた。

■一瞬のすきで田中が一矢報いる…ジャパンビバレッジ杯全日本女子選手権

 全日本女子選手権での田中のフォール勝ちは見事だった。全国中学生選手権決勝での2度の対戦は、どちらも浜田の手が上がっている。浜田は2006年アジア・カデット選手権(タイ)と今年3月のクリッパン女子国際大会(スウェーデン)でも優勝し、世界で通じる実力を持っている。浜田有利と考えるのが普通だった。

 しかし、勝ったのは田中だった。第1ピリオドを0−2で落とし、第2ピリオドも0−3とリードされながらもあきらめず、ラスト30秒で外無双を決めて勝敗をひっくり返すという劇的な逆転フォール勝ち
(右写真)。大きな壁を乗り越えた価値ある勝利だった

 試合後、泣きじゃくった浜田は「一瞬のすきでした。自分のミスです」と話し、勝った田中は「勝てたけど、内容は悪かった」。闘う者同士が感じる優劣ではまだ逆転とはいかなかったようだが、3連敗するのと一矢報いるのとでは精神面で雲泥の差。浜田も「パワーは強いし、これからもライバルになっていく選手だと思います」と田中の実力を認めている。

 迎えた約3週間ぶりの再戦。今まで以上に接戦となった試合は、浜田が地力を発揮し、3−1、3−0で勝って優勝。明暗が逆になった。「多くの人が応援してくれ、そのおかげで優勝できました」と浜田。一方の田中は「ジャパンビバレッジ杯で悪かったところはしっかり直せた。技術で負けたとは思わない。敗因は気持ちの差。浜田さんの気持ちの方が上回っていました」と話し、浜田のリベンジ魂に脱帽した。

■ともにレスリング界に風穴を開けた指導者の教え子

 浜田は東京・ゴールドキッズで育ち、前述のとおり2006・07年の全国中学生チャンピオン。この4月、日工大駒場高に進み、何人もの全国王者を育てた中根和広監督のもとで男子選手とともに練習し上を目指す
(左写真=決勝第2ピリオド、タックルを決めた浜田)

 田中は京都・八幡ジュニアでレスリングを始め、昨年2年生にして高校三冠王者に輝いた田中幸太郎(京都・京都八幡高=この大会はジュニア60kg級で大学生の中に入って2位)の妹。2006・07年の全国中学生選手権は、いずれも決勝で浜田に敗れ2位に終わっている。京都八幡高には女子選手がいないため、親元を離れて埼玉栄高に進学し、女子選手とともに上を目指そうとする。

 浜田の恩師の元世界チャンピオンの成国(旧姓飯島)晶子さんは昨夏、“王者”吹田市民教室を退けて全国少年少女選手権の団体優勝を遂げた。田中の恩師の京都八幡高・浅井努監督は今年3月の全国高校選抜大会団体戦で、高校レスリング界にさん然と輝く偉業を打ち立てている霞ヶ浦を破り、推薦制度のない公立高校で全国優勝という快挙を達成した。

 偶然なのだろうが、レスリング界に風穴を開けた指導者の教え子同士。レスリングや勝負に対して、従来の枠にとらわれないフレッシュな思想や強化が受け継がれていることが予想される。“新しい風”同士のライバル関係だけに、今後の両者の行方は嫌でも注目されることになるだろう。

■2度目のアジア・カデット・チャンピオンなるか…浜田千穂

 浜田は世界チャンピオンの成国さんの教えを受けているだけに、目標は「オリンピック」ときっぱり。7月には2年ぶりのアジア・カデット選手権(ウズベキスタン)出場が予定されているが、「外国の選手は力が強い。タックルとスピードだけではなく、パワーもつけて圧勝したい」と言う。男子選手の中で練習することでその課題を克服するとともに、夜は古巣のゴールドキッズで練習しているので1日3度の練習をこなしている。豊富な練習量で世界での飛躍を目指す。

 田中は「女子の中で練習しなければ超えられない壁があると思ったことと、気持ちを強くするために親元を離れた」と、強い決意を持っての埼玉栄進学。兄が全国王者になって「とても輝いていた」と感じ、とことんレスリングに打ち込む気になったという。「兄を尊敬しています。兄の域に近づきたい」と話し、目の前の壁をひとつひとつ乗り越えて着実な実力養成を目指す
(右写真=全日本女子選手権の表彰式。勝ったり負けたりが繰り返されるか)

 北京五輪の代表選手が引退したあとの戦力を不安視されている日本の女子レスリングだが、多くの階級でこうした“ライバル物語”がスタートし、勝ったり負けたりの激戦が繰り広げられていけば、2012年ロンドン五輪以降もオリンピック・チャンピオンは次々と生まれていくはず。若手女子選手の踏ん張りに期待したい。

(文=樋口郁夫)



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