【特集】北京五輪への最後の決戦! 魂の試される時(2)…高塚紀行(日大コーチ)【2008年6月20日】







 3月のアジア選手権(韓国)で、男子フリースタイル60kg級の高塚紀行(日大コーチ=左写真)は、前年の世界選手権で1階級も五輪出場権を取れなかった日本フリースタイル陣初の五輪代表に王手をかけた。準決勝を勝ち抜き、決勝戦の相手がインドと分かると、関係者は一様に安堵の表情を浮かべた。「たぶん、大丈夫」−。だが、まさかのラスト1秒逆転負けを喫し、五輪代表権を手中に収められなかった(右写真)

 約1ヵ月後のスイスでの五輪予選第1戦にもチャンスを与えられたが、「アジア選手権を境に、調子が落ちてしまった。足が止まると、自分のレスリングができなくなる」と、慢性的に抱えていた腰痛により走りこみ不足の日々が続いていたことで、2度目のチャンスも生かせなかった。

■世界での経験、そしてラスト1秒で味わった悔しさを無駄にはしない!

 2006年世界3位のあと、2007年は日本代表を外れた。12月の天皇杯全日本選手権で復活Vを遂げ、北京五輪の第1候補に名乗りを上げて4月のスイス予選まで走り続けてきた高塚の体はボロボロだった。さすがに5月の五輪最終予選(ポーランド)は全日本2位の湯元健一(日体大助手)に出番を譲ったが、高塚にとっては心身ともにリセットするにはいいタイミングだった。

 持病の腰痛も体幹トレーニングを導入してから痛みがひき、「しっかり走れて、スパーリングもバンバンできている。追い込みが十分できている」と調整は万全のようだ。最終調整はホームマットの日大で仕上げている。

 全日本チームの強化委員長の富山英明・日大監督とともに北京に乗り込みたい気持ちも大きい。「全日本チームの練習でも、監督は自分にとても厳しかった。でも、そのおかげで強くなれました。北京オリンピックでは監督の指導が世界に通じるところを見せたい」」と、この4年間の集大成を見せつけるつもりだ。

 “世界で勝てない”と揶揄(やゆ)されていた湯元が、昨夏のベログラゾフ国際大会(ロシア)3位に続いて、ついに国際大会優勝という結果を出した。だが高塚はライバルの飛躍に焦りは感じていない。湯元以外にもこの階級には海外で実績のある選手が多数いるが、高塚自身も世界3位とアジア2位の実績。2年前のアジア大会にも出場し、公式の国際大会は一番試合数をこなし、場数を踏んでいる
(左写真=2006年世界選手権で銅メダルを獲得し、富山強化委員長に祝福される)

 「自分は世界トップ級の選手と競った試合をしてきましたし、五輪に出る選手(国)とはほとんど対戦したことがあります。世界での経験は自分が一番。この経験を無駄にはしたくない」とキッパリ言い切った。

■23歳の今が頑張り時! 大沢監督との約束を果たす!

 高塚は「4年前は夢だったオリンピック。今は自分が一番近いところにいると実感しています」と、今が勝負の時と思っている。全日本のフリースタイルを長らくけん引してきた96s級の小平清貴(警視庁)の言葉が、より一層、高塚の気持ちを引き締めている。「小平先輩は『4年前、五輪はとても近く思えたが、今回は遠く感じた』と話していました。五輪が近いと思える時に行かないとダメなんだ。自分にとって行けるチャンスは今回。今頑張らないで、いつ頑張るんだと思っています」。

 高塚が小平を慕う理由は茨城・霞ヶ浦高の先輩に当たることが大きい。「自分の土台も霞ヶ浦高校で作った」と母校に誇りを持つ高塚だが、現時点で同高のOBで北京五輪出場を決めた選手はいない。

 奇しくも全日本選抜選手権のフリースタイル60s級には、高塚のほか、2006世界ジュニア3位の大沢茂樹(山梨学院大)、2004年55s級全日本2位の清水聖志人(クリナップ)と3人の霞ヶ浦高校OBが出場する。大沢は後輩、清水は先輩になるが、高塚には絶対に負けられない理由がある。

 「(霞ヶ浦高の)大沢監督と約束したんです」。2年前、世界選手権3位に入賞した高塚は、霞ヶ浦高校時代の恩師に銅メダルをかけようとした。しかし、「首にかけてもらうのは、五輪でのメダルでいいから…」と、世界選手権のメダルにもかかわらず、大沢監督は首にメダルをかけなかった。恩師との約束を果たすためにも、し烈な元同門対決を制する覚悟はできている
(右写真=決戦へ向けて練習に余念のない高塚)

 「自分のレスリングをすれば勝てる。スタミナで勝負したい。クリンチにはせず、積極的に点数を取りに行きます」。アジア選手権で神様から与えられた“あと1秒の試練”を乗り越えられるか。

(文=増渕由気子、撮影=矢吹建夫、増渕由気子)



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