【特集】新時代を切り開けるか、“五輪王者より強い男”鶴巻宰(男子グレコローマン74kg級=自衛隊)【2008年12月16日】



 2012年ロンドン五輪へ向けての闘いのスタートとなる2008年天皇杯全日本選手権(12月21〜23日、東京・代々木第2体育館)が間もなく始まる。男子グレコローマンでは、日本を引っ張ってきた84kg級の松本慎吾(一宮運輸)が指導に回ることになり、大きな柱が消える。

 60kg級の笹本睦(ALSOK綜合警備保障)は1階級上げて出場するものの、4年後に向けての進退について明確な意思を示していない。第一線での闘いを続けて世界を目指すとしても、3度の五輪出場を果たしたベテランにいつまでも頼っていてはならない。新たなリーダーの出現が望まれる状況だ。

 その一番手は74kg級の鶴巻宰(自衛隊=左写真)だろう。アテネ五輪後の2004年全日本選手権で、グレコローマンでは史上6位の若さとなる20歳6ヶ月で全日本王者に輝き、将来を嘱望されたホープ。ここ数年、壁として立ちはだかられた菅太一(警視庁)と岩崎裕樹(銀水荘)が引退し、エントリー選手の中では頭ひとつ抜け出している状況。松本慎吾ばりの豪快な勝ち方で全日本を制し、世界での闘いに期待を抱かせる内容が望まれる。

■84kg級の全日本選抜王者も破る実力!

 「若い選手も伸びてきていますから、油断しないで闘いたい。これまでにも、菅さん、岩崎さん以外の選手にもポイントを取られたことがあった」と気を引き締める鶴巻。金久保武大(日体大=全日本学生選手権優勝)、倉谷修平(日体大=全日本大学グレコローマン選手権優勝)、田中悠一(岡山・西中教=世界学生選手権5位)ら日体大勢を要注意選手として挙げるが、「コンディションがよく、ふだん通りにやれば勝てると思う」と自信も見せる(右写真=自衛隊で練習に励む鶴巻)

 84kg級に出場した9月の大分国体では、同級の明治乳業杯全日本選抜選手権優勝の太田充洋(大分・津久見高教)を破った。実力は磐石。自衛隊の伊藤広道コーチは「けがさえなければ国内で敵はいない。世界を目指すためにも圧勝してほしい」と注文する。

 4年前に全日本王者に輝いたあと、2005年アジア選手権とユニバーシアードで3位に入賞し、2007年世界選手権では前年の世界軍隊選手権優勝のロシア代表選手を破るなど、つまずきを経験しつつも順調に育ってきた。

 しかし鶴巻の姿は北京のマットにはなかった。2度の五輪トライアル(最終予選第1・2戦)の出場のチャンスをもらったのに、である。「やっぱりオリンピックがかかっていることで、プレッシャーを感じました。気持ち負けでしょうね」。アジア選手権、ユニバーシアード、さらには世界選手権ででもある程度の結果を出した選手であっても、言い知れぬ重圧がかかってくる。中途半端な実力と精神力では、オリンピックのマットに立つことができないことを痛感した今夏だった。

■鶴巻が勝った相手が、北京五輪のメダリストへ…悔しかった今夏

 松本慎吾の練習相手として北京へ同行した鶴巻は「正直言って、悔しくて見たくなかったですよ。何で、このマットに自分が立っていないんだ、という気持ちになってしまって」。日本にいれば、テレビの前にいなければそれで済むことだが、チームに帯同している以上、顔をそむけるわけにはいかない。

 悔しさを倍増させたのが、2006年3月の「ニコラ・ペトロフ大会」(ブルガリア)で快勝したマヌチャ・クビルケリア(グルジア=左写真)が金メダルを、同年の「ゴールデンGP決勝大会」(アゼルバイジャン)で勝ったクリストファー・グエノー(フランス)が銅メダルを、それぞれ取ったことだ。

 伊藤コーチは「2kgオーバー計量の大会(注・74kg級の場合は76kg級で計量する。パワーのある外国選手が有利と言われている)で、ラストポイントとかでなく、技をかけて勝ったんですよ」と振り返る。悔しいと同時に、五輪王者を身近に感じた夏。そんな経験を経た鶴巻が、ロンドン五輪へのスタートでどんな闘いを見せてくれるか。

 「五輪王者より強い男」−。チームのエースとしてふさわしい称号にも思えるが、実際に闘う選手は、こじつけでしかないこうした言葉を嫌う。また、それで満足していては、進歩はない。新時代のエースにふさわしく、必要な箔(はく)は、ずばり「世界チャンピオン」。

 鶴巻には、その実力が十分にあるが、残念ながら、来年秋までその称号を手にするチャンスはない。ならば今回の大会で圧勝し、その実力の片りんを見せることが必要になってくる。日本の新エースの闘いぶりが注目される。

(文・撮影=樋口郁夫)


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