【特集】笹本睦の参戦で、男子グレコローマン66kg級が熱く燃える!【2008年12月19日】



 全日本選手権、および全日本選抜選手権で、ここ数年間、自衛隊勢が確固たる地位を築いているのが男子グレコローマン66kg級だ。飯室雅規が8年連続で全日本チャンピオンに輝いたほか、2006・07年の2大大会は自衛隊選手同士の決勝戦。06年に関しては2大大会の4強を自衛隊選手が占めた。

 そんな階級だが、今回は異変が起こりそうな気配。60kg級で3度連続五輪出場を果たし、昨年の世界選手権で銀メダルを取った笹本睦(ALSOK綜合警備保障)が参戦するからだ。これまでにも国体の66kg級に出場したことがあり、04・05年に2位、07年には優勝するなど、この階級でも全日本トップ級の力を見せている(右写真=11月の全国社会人オープン選手権で優勝し、全日本選手権の出場資格を獲得した笹本)


■ロンドン五輪へ向け、いち早く気持ちを切り替えた若き王者…清水博之

 ある階級で世界トップ級の実力があれば、国内では1階級上ででも通じるだけの力があると考えても差し支えはない。過去に国体で1階級上に出場して優勝した世界トップ選手は、笹本だけではない。逆に考えれば、そうした事態が起こるのは、上の階級のレベルの低さということになる。国体で笹本の優勝を2度にわたって阻んだ飯室は「下の階級の選手には負けない、という気持ちでやった。意地だった。66kg級選手のプライドを持って闘ってほしい」と、後輩にエールを送る。

 チャンピオンの意地をかけて闘わねばならないのが、全日本選抜選手権優勝の清水博之(写真)だ。同選手権決勝でも、その後大学王者に輝くことになる岡本佑士(拓大)を破り、自衛隊のが城を守った。勝因は「グラウンドのデフェンスがよかった」。北京五輪を逃したあと、いち早く気持ちを切り替えて4年後を目指したことも大きく作用したという。

 「油断していたら足元をすくわれる。笹本さんにこだわらず、1戦1戦をしっかり闘っていきたい」という清水は、笹本とはこれまで全日本の合宿で何度も練習したことがあり、スパーリングでは「取られることが多かった。勝ち負けをつけるなら、負けたと感じることの方が多かった」と言う。

 しかし、「やはり下の階級の選手には負けられない、という気持ちはあります」と言う。それを乗り越えるには「弱気にならないこと」と語気を強める。「(笹本は)パワーのある選手ですけど、外国選手ほどではない」とも話す。11月のNYAC国際オープン(米国)で銅メダルを取り、世界へ飛躍する選手として絶対に負けられないところだ。


■打倒笹本というより、悲願の日本一を目指す…藤村義

 飯室が不動のチャンピオンに君臨していた時、打倒飯室の一番手とされていたのが藤村義(写真)。全日本選抜選手権では準決勝で後輩の清水に敗れてしましまったが、「五輪予選に起用されながらチャンスをものにできず、北京への道が閉ざされて気持ちが切れていた」と敗因を語った。

 若い清水が、昨年の全日本選手権で自力での北京五輪出場の望みが消えたあと、いち早くロンドン五輪へ照準を定めたのに対し、今年5月まで北京五輪出場のわずかな可能性にかけていた藤村の場合は、その1ヶ月後では気持ちを立て直せなかったようだ。

 その気持ちも回復し、9月の大分国体では74kg級に出場し同級の昨年の全日本チャンピオンの岩崎裕樹(静岡・銀水荘)を破って優勝。実力を見せた。「年齢的にけっこう上ですし(26歳)、このあたりで優勝しなければ」と燃えている。

 清水と同じで、笹本との練習では「やられることが多かった」と言う。しかし、「ここで負けたら、66kg級の選手は何をやっているんだ、と言われる。勝たなければなりません」と静かな闘志。一方で、「特別に意識はしないようにします。周りは強い選手ばかり。自分はまだチャンピオンになったことのない選手なので、だれが相手でも自分のレスリングをやるだけです」と、チャレンジャーの気持ちを忘れない。

 母校の徳山大が、全日本選抜2位の選手(グレコローマン96kg級・北園昭一)が生まれたり、全日本大学グレコローマン選手権で団体3位になるなど躍進している刺激材料もある。「(徳山大から全日本トップレベルに成長した)先駆者としてがんばりたい」と、打倒笹本のみならず悲願の優勝を目指す。


■笹本と「闘いたい。そして勝ちます」ときっぱり…江藤紀友

 自衛隊にはもう一人、江藤紀友(写真)が優勝を狙える位置にいる。拓大時代の2004・05年に2年連続学生二冠(全日本学生選手権、全日本大学グレコローマン選手権)を制覇。05年の全日本選手権では2位に入って打倒飯室の一番手になったが、自衛隊に進んだ直後の06年6月の全日本選抜選手権でひざを負傷。手術で戦列を離れ、それが原因で次々と故障に見舞われてしまった。

 その間に清水ら若い選手が台頭。「焦りもありました」という。「初心に帰るんだ」と自分に言い聞かせて耐え、今年9月の大分国体で清水を破って久しぶりに優勝を経験した。「後輩だけど、清水は全日本選抜王者になって自信を持っていたはず。その選手を破ったのだから、自信にしていいと思います」と、気持ちも盛り上がってきているようだ。

 江藤は2007年の秋田国体の準々決勝で笹本に敗れている。笹本が世界2位になった直後で、「オーラが出ていました」と言う。「下の階級の選手に負けたのは、ちょっとショックでした」と、その悔しさを振り返る一方、「第3ピリオド、ラスト30秒を守れば勝てたのに、転がされてしまった」という内容で、完敗ではなかった。そして、闘えたことは「うれしかった」と振り返る。

 江藤にとって笹本はあこがれの選手だった。福岡・三井高時代、2年生にして国体出場の機会を得た時、親切に指導してもらったことがあるそうだ。前記2人が笹本を「特別に意識しない」と言ったのに対し、江藤だけが「闘いたい」と口にしたのは、そんな経緯があるからだ。

 そして、控えめながらも言った。「できればボクが勝ちたい」−。 “勝ちます”と断言しなかったのは、あこがれの先輩に対する敬意と遠慮なのだろうが、勝負の世界はお世話になった先輩を破ることが最高の恩返し。全日本選手権の舞台で、しっかりと恩を返したいところだ。


■3選手とも笹本対策は万全! あとは実行できるかどうか

 指導に回っている飯室は、笹本の強さと戦法を「スタンドは巻き投げ。グラウンドは俵返しと左のガッツレンチ。右は、左を狙ったカウンターでくるだけ」などと細かく説明してくれた。「後輩に対策を伝授しているの?」という問いに、「伝授しなくても、みんな知っていますよ」と笑う。

 笹本がそんな自衛隊選手の包囲網をかいくぐって栄冠を手にするか。それとも66kg級でやってきた選手たちの意地が勝つか。これまで、ともすると“自衛隊選手権”だった階級が、最高に熱く燃えそうだ。

(文・撮影=樋口郁夫、笹本撮影=増渕由気子)


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