【特集】環太平洋大学レスリング部スタート(2)【2007年4月5日】





 IPU環太平洋大学の嘉戸洋新監督に聞いた(聞き手=宮崎俊哉)。


 Q:IPU環太平洋大学女子レスリング部監督就任おめでとうございます。監督になられた きっかけは?

 
嘉戸「昨年3月、グレコローマンのポーランド遠征中に福田会長から国際電話で“新しい大学で女子選手を育てろ”とお話をいただきました」

 
Q:「3名の新入生が女子レスリング部に入られましたが、選手集めは?

 
嘉戸「昨年4月のJOC杯全日本ジュニアオリンピックから始めました。正直、出遅れましたね。それで も話があると出向いて行って、直接選手に会って話を聞いて選びました。全員、自分から “大学でレスリングをやりたい”と言った選手たちです」(右写真=教室にマットを敷いた道場で練習。嘉戸監督自ら体をはって指導する)

 
Q:IPU環太平洋大学とは、嘉戸監督から見てどんな大学ですか?

 
嘉戸「おもしろい、ユニークな大学。大橋博学長の“本気”が伝わってきます。とかく教育より経営が先に来る場合が多いようですが、現場の立場で教育を考えくれているのがわかります。これだけの人材、指導者を集めるだけのことはあると思いますね。学生たちにとっ て、4年間自分が選んだことに打ち込むには最高の環境でしょう」

 
Q:今回、初の監督就任ですが、監督として最も大切にされていることは?

 
嘉戸「大学として『挑戦・創造』をテーマに掲げていますが、レスリング部もそれを100パー セント当てはめて、自立したレスラーを育てていきたいと思います。今はまだ腕立て伏せや腹筋のやり方から教えたり、練習への取り組み方、戦う姿勢など精神論を話して聞かせているレベルですが、与えられたメニューをこなせばいいというのではなく、自分の目標に向かって必要なことを考えられる選手、今何をしなければいけないか考えられる選手に育ってほしいと思います。たたかれてやらされるレスリングは、もうやめようと。そんなの何の意味も持たないですから。それはもう高校の部活で終わればいい。自分がやりたいからやる。レスリングが好きだからやる。それが基本です」

 
Q:3名の選手たちも、そういう気持ちで入学してきたわけですね(左写真=左から嘉戸監督、平、金沢、小川、福田体育会統括本部長)

 
嘉戸「彼女たちは実績がないから、どこの大学も採ってくれなかった。でも、、レスリングをやりたいという気持ちは人一倍持っています。うちは、別に強い選手でなくてもいいんです。女子レスリングの現状を考えると、やりたくても受け皿がない。そんな中で、レス リングができることを素直に喜んでいる。そんな選手たちですから意欲的です。第一 目の色が違う。レスリングができることへの感謝の気持ち、忘れがちですけど、それを大切にして4年間続けさせたいと思っています」

 
Q:そうした考えの根底には、ご自身の経験から来ているものがある?

 
嘉戸「そうですね。僕が卒業した高校にはレスリングの指導者がいなくて、自分たちで研究し ながらレスリングをやっていましたから、とにかく大学に行ってレスリングをやりたかった。だから、声をかけてくれた大学の部長、監督にはとても感謝しています。指導しても らえることが楽しくて仕方ありませんでした。教えてもらって、強くしてもらって、オリ ンピックにも行かせてもらった。いろいろな方に、そしてレスリングに本当に感謝してい ます」

 
Q:これまでずっと男子の指導をされてきましたが、女子を指導することについてはいかがですか?

 
嘉戸「最初の選手が大学に来たのが3月24日。全員が揃ったのが28日。まだ始まったばかりで 、女子選手を育てる上での苦労というのはわかりませんが、レスリングの技術指導に関し ては、女子も男子もないと思っています。自分の中には、女子だからという考えは全くあ りません。基本はいっしょ。とにかく男子と同じ練習をして、同じような高いレベルの技術を身につけようと追求してほしい。男子並の力強さも身につけて、それが80パーセント できたら、女子ならではの技ということもあるかもしれないですけど、はなから女子だから と決めつけることはありません」

 
Q:嘉戸監督ならではの技術指導は?

 
嘉戸「型にははめたくない。基本は教えますけど、僕のレスリングスタイルを真似させるので なく、それぞれにあったレスリング、三人三様の技術を磨かせたいですね。まだまだレベ ルは低いですけど、狙うのはもちろん世界。そうなれば、特徴がないとダメですから。自分は大学に入って、弱いときからロシアや韓国に行かせていただき、世界を見てきました。それで考え方が変わりましたし、レスリングの幅も広がったと思います。やるのは本人ですから、いくら世界を見てきたコーチが指導しても、本人がイメージできないとどうに もならない。そのために、年1回ぐらいは大学単独での海外遠征を計画しています。全日 本選手権、クイーンズカップ、JOC、インカレ、女子オープン、西日本学生と、女子も 1年を通じて大会がありますので、2〜3月のクリッパン、デーブシュルツ国際大会あたりを視野に入れて、総監督や自分のネットワークを使って選手たちに海外での経験を積ま せたいと考えています。とにかく、選手たちの環境を整えるのが僕たちの仕事ですから」(右写真=入学式で、世界選手権銀メダリスト、アトランタオリンピック入賞など輝かしい成績を紹介される嘉戸監督)

 
Q:練習はかなり厳しそうですね。

 
嘉戸「毎朝1時間、ランニングと補強。マットでの技術指導が2時間30分〜3時間。選手が3人しかいないので、スパーリングの時間は短くなりますが、どうしても一つ一つ動きを止 めて、全員を集めて指導するので、やはりそのぐらいの時間になりますね。厳しいですよ 。やることは山ほどありますから。初日から泣いてます。

 僕は、指導者というのは選手以上に努力しないといけない、選手の何倍も何十倍も技術を知らないといけないと思ってい ます。選手に聞かれたら、絶対答えられないといけませんから。それと、自分自身まだ若 いと思っていますが、若い指導者がベテランの指導者にどこで勝つかと言ったら体を使えることでしょ。口で説明するなら、言葉が立つ50代、60代の先輩たちの方がずっとうまい 。だから、自分たちは体を張って教える。スパーリングというのは、ある程度年齢がいってもできるんですよ、女子選手相手ならまだ。

 でも、問題は正しい技術をやってみせてあげられるかどうか。正しいタイミングで、正しい角度で、しっかりした形、正確な技術を 見せてやる。ビデオでなく、“ライブ”で見せながら指導した方がいいに決まっています からね。だから、教えながら指導者も勉強して、常に正しく修正していく必要がある。

 選手たちは僕が世界選手権でメダルを獲ったとか、オリンピックで入賞したとか、ナショナ ルチームのコーチをしてきたということは知っているでしょうが、道場に来て腕を組んだ まま、ただ“やれ! やれ!”って言っているだけでは、“何だ、この人”ということに なっちゃいますよね。一緒に汗を流すことによって、指導者と選手の間に信頼関係ができ る。実は入学式の3日前、選手とスパーリングをしているとき、首を引っかかれてみっと もないキズになっちゃいましたけど、このキズが絆(きずな)になる。僕はそう信じています」

 
Q:目標は?

 
嘉戸「勝つことというのは当たりまえ。競技をやっている限り全員が思うこと。それより、指導者から見た目標として、“4年間、レスリングをやってよかったな。IPUに来てよかっ たな”と思わせることを大事にしたいですね。人生の中で一番大切なとき、いろんなこと ができるときにわざわざレスリングを選んでがんばったのに、卒業するとき“やらなきゃ よかった”では寂し過ぎるじゃないですか。無駄だったなんて思わせたら、教育者として失格です。

 勝ったからどうのこうのではなく、人生において、レスリングを通じて何か得 てもらいたい、充実していたという満足感を味わってもらいたいと思っています。レスリ ングをやって、きつい、苦しいは当たり前。それでも、その苦しさ、辛さが大きいほど、 勝ったときの喜びも大きい。喜びなんてほんの一瞬ですけどね。その上で、競技としては ロンドンオリンピックにうちからチャンピオンを出したい。それが目標です」

 
Q:最後に3名の選手たちへメッセージをお願いします。

 
嘉戸「人数は少ないですけど、今年が勝負だと思っています。一期生である由香里、恵実、春花がまとまってくれれば、来年以降入ってくる下級生は同じ方向に進むことができる。そ うなれば、4年後どこにも負けないチームができる。3名の選手には敢えてプレッシャー を与えるようですけど、今がんばればIPU環太平洋大学女子レスリング部の歴史は輝き 続けます」




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