【特集】さあ勝負の時だ! 世界の銅メダリスト、高塚紀行(日大)【2007年5月28日】







 来年の北京オリンピックの第1次予選となる9月の世界選手権(アゼルバイジャン・バクー)。その日本代表決定最終選考会を兼ねる明治乳業杯全日本選抜選手権(6月9〜10日、東京・代々木第二体育館)まで、あと2週間を切った。昨年の世界選手権で、大学3年生としては28年ぶりに銅メダルを取ったフリースタイル60kg級の高塚紀行(日大=右写真)にとって、いよいよ真価の問われる時が近づいてきた。

 銅メダルを取ったあと、12月のドーハ・アジア大会で初戦敗退。年が明けての天皇杯全日本選手権では、2回戦で大沢茂樹(山梨学院大)にスコアは2ピリオドとも同点ながらラストポイントとビッグポイントによって苦杯を喫し、まだ確固たる実力がついてはいない現実に直面した。だが世界選手権の銅メダルは、まぐれやくじ運のよさだけで取れるものではない。

 1992年にソ連が多くの国に分かれて以来、世界選手権でメダルを取ったのは、1995年の和田貴広(フリースタイル62kg級)と嘉戸洋(グレコローマン48kg級)、2003年の池松和彦(フリースタイル66kg級)の3選手だけ。世界3位の自信とプライドをもって臨んでほしい大会である。

■実力者がずらりそろっているフリースタイル60kg級

 和田ら3選手と高塚とで大きく違っている点がある。取り巻く選手の層の厚さだ。3選手の場合、国内では他の選手と力の差があり、ライバルと言える選手は1選手いるかいないかの状況だった。それだけずば抜けた実力をもっていたとも考えられるが、それに比べると、高塚は国内で実力者がずらりとそろっており、日本代表になるだけでも大変な状況におかれている。

 全日本王者の湯元健一(日体大助手)は、まだ国際舞台での実績はないが高塚は過去3勝7敗と負け越しており、苦手とするタイプ。同2位の井上謙二(自衛隊)は言わずと知れたアテネ五輪の銅メダリストで、負傷個所のオーバーホールを経て実力を取り戻してきた。高塚が負けた大沢は2005年に1年生で全日本大学王者になった実力者であり、昨年の世界ジュニア選手権の銅メダリストだ。

 ここに、昨秋のNYACホリデー・オープン(米国)で優勝し“隠れた実力者”として評価の高い清水聖志人(クリナップ)、その清水を全日本選手権で破った藤本健太(近大ク)、今月のアジア選手権(キルギス)で2位の大館信也(自衛隊)が参入した状況。2003年世界選手権代表の太田亮介(警視庁)もこのまま終わるわけにはいくまい
(左写真=1月の全日本選手権の表彰式。世界3位の高塚の姿はない)

 決して低いレベルで固まっているのではなく、この激戦を勝ち抜いた選手は世界選手権でメダルを狙える位置に置かれるハイレベルでの横一線状況だ。今年の世界選手権でメダルを取ることは、北京オリンピックの日本代表内定を意味する。代表をはずれた選手は、日本代表がつまずくことによってのみ北京五輪の道がつながる。高塚は「今回勝たなかったら、もう北京五輪出場はないものと思っている。絶対に勝つために、死ぬ気で練習してきた」と語気を強める。

■ハードスケジュールとKIDの参戦を意識しすぎた全日本選手権

 高塚に全日本選手権での2回戦敗退を振り返ってもらった。「大会が続き、追い込んだ練習ができなかった。そのため自分の動きができず、から回りしたというか、落ち着いたレスリングができなかった」。世界選手権のあと、1ヶ月半後にアジア大会、帰国4日後に全日本大学選手権と試合が続いた。その1ヵ月後に全日本選手権だ。若い高塚といえども、このハードスケジュールはきつかった。

 また、プロ格闘家の山本“KID”徳郁(KILLER BEE)の参戦で最も注目を浴びたが高塚だった。テレビのインタビューでは「ボコボコにしてやる」とまで言い切り、「レスリングの威信を守る」という自負もあっただろう。「ちょっと意識しすぎてしまいましたね」と、本来なら注ぐ必要のないところにまで神経を使ってしまった。

 いろんな要素が複雑にからんでの2回戦敗退。そのため全日本チームの冬の欧州遠征に参加することができず、全日本王者の湯元と同2位の井上の欧州での活躍を日本で伝え聞くことになったが、「日本でできることをじっくりやった。焦りとかはなかった」と振り返る。

 それであっても、不利な境遇であることは確かだ。湯元や井上が全日本選抜選手権へ照準を合わせて調整しているのに対し、学生の高塚は東日本学生リーグ戦に直面しなければならず、主将としての責任も両肩にのしかかった
(右写真=日大をけん引する高塚主将)。これは学生の強豪選手の宿命であり、この壁を乗り越えてさらに強くなるのだろうが、昨年の湯元などは3週間で3度の減量の影響が明らかで、最後の全日本選抜選手権では力を出せずに終わっている。

■学生リーグ戦に向けて、最高の練習ができた

 もっとも今年の高塚に、それは当てはまらないかもしれない。日大の60kg級には優秀な後輩が育っており、高塚は全試合66kg級での出場だった
(左写真=66kg級で闘う高塚)。減量による体力ダウンを経験することがなく、「緊張感をもって練習に打ち込むことができた」と話し、階級の上の選手とも積極的に練習して、全日本選手権前にはできなかった“追い込んだ練習”が十分にできている実感があるという。

 問題は、全日本選手権で負けていることによるハンディだ。本戦で優勝し、全日本王者の湯元とのプレーオフに勝って日本代表を勝ち取るには、5試合を勝ち抜かなければならない。しかも今大会はノーシード。初戦で湯元や井上と激突することもあり、初戦からエンジン全開での5戦全勝が必要だ。

 だが、これも昨年の世界選手権で4時間半で4試合、1日5試合といったハードスケジュールを経験しており、「体力は大丈夫です。勢いをつけるためにも、最初に強い選手を倒したい」と自信を見せる。

■自信を持ってマットに上がれば、絶対に勝てる!

 大阪・吹田市民教室時代に全国少年選手権7連覇と全国中学生選手権2連覇。茨城・霞ヶ浦高時代に2年連続高校四冠王。レスリング界まれにみる“タイトル・ホルダー”だが、挫折を知らないエリートではない。昨年も、世界選手権の1ヶ月前にあった全日本学生選手権で湯元に敗れながらも、そのショックを引きずることなく世界の銅メダルを取ったのであり、これまで何度もつまずき、その度に立ち上がってきた。

 「(自分は)うまいレスリングをする選手じゃない。誰とやっても勝てるという気持ちになるまで練習して、自信をつけてマットに上がって勝ってきた。追い込んだ納得のいく練習ができた時は、必ず勝ってきました」。今回はリーグ戦のおかげもあって納得のいく練習ができており、減量を始める大会の5日前までとことん追い込んだ練習を積む腹積もり
(右写真=日大道場で練習に励む高塚)。世界3位という基盤の上に猛練習での自信が加われば、世界3位の実力を存分に発揮できるはずだ。

 1月の全日本選手権はKIDに注目が集まり、世界の“銅メダリスト”高塚への関心は、あくまでもKIDの関連としてだった。本来なら、高塚が一番の注目を集めなければならない。世界のメダリストは、それだけの価値ある偉業だ。そのプライドをマットの上で爆発させることができれば、アゼルバイジャン(世界選手権)への道が開けてくる。


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