【特集】宿敵に3連勝して日本代表を奪還…フリースタイル55kg級・松永共広【2007年6月11日】








 フリースタイル55kg級は2005年世界5位の松永共広(ALSOK綜合警備保障)が世界選手権代表の座を奪還した(右写真:決勝で田岡を下した松永=赤)

 松永は2005年9月にハンガリーで行われた世界選手権に初出場し、フリースタイル、グレコローマンスタイルともに不振を極めた日本人男子選手の中で孤軍奮闘。最高の5位入賞を果たした。「2006年は世界選手権でさらにいい成績をあげ、アジア大会で優勝。2007年は世界選手権でメダルを獲ってオリンピック出場を決め、勢いに乗って2008年北京オリンピックで金メダルを奪う」松永自身も周囲もそんな青写真を描き、2005年全日本選手権でも連覇を飾った。

 しかし、2006年春の全日本選抜選手権で挫折を味わされた。決勝で田岡秀規(自衛隊)に敗れると、プレーオフでは決勝の第3ピリオド、1−0でリードしながらラスト3秒に足払いをくらいまさかの逆転負け。世界選手権、アジア大会の出場権を逃してしまった。 

 あれから1年。その間、全日本選手権で田岡を破って3連覇を達成。今年3月のヤシャ・ドク国際大会でも田岡を下したが、「この大会で田岡を倒してこそ、本当のリベンジ!」と自分に言い聞かせて大会に臨んだ。

 冨岡直希(日体大)との初戦(2回戦)はアンクルホールドをさく裂させ圧勝。冨田和秀(大東大)との準決勝では、第2ピリオド勢いよくマットにたたきつけられて3点を奪われたが、落ちついてテークダウンからニアフォールを奪って逆転勝ち。一方の田岡も杉谷武志、湯元進一との自衛隊同門対決を制して決勝戦へ。

 ALSOK綜合警備保障大応援団の声援が響く中始まった55kg級頂上対決。第1ピリオドを片足タックルを決めて奪った松永は、第2ピリオドも田岡のタックルをかわしてニアフォールでポイント。逆転を狙い、得意の足技をしかけてきた田岡の攻撃も冷静に見切ってカウンター技を仕掛け、1分32秒、フォール勝ちした
(左写真)

 ALSOK綜合警備保障の大橋正教監督は「勝因はアタック、ディフェンスのスピード」と語っていたが、この1年間悔しさの中で磨き抜いてきた松永のスピードは世界でもトップクラス。フリースタイル55kg級は、世界チャンピオン、マンスロフ(ウズベキスタン)が頭一つ抜けているほかは横一線。9月にアゼルバイジャンで行われる世界選手権はもちろんのこと、来夏の北京オリンピックでも、松永のメダル獲得の可能性は一気に高まってきたが、「金メダルも見えてきた」と言っても過言ではないだろう。
  
(文=宮崎俊哉、撮影=矢吹建夫) 


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