【特集】自宅に道場をつくり、底辺拡大に情熱を注ぐ札幌チビッ子ク・平沢光志代表【2007年6月27日】








 北海道といえば、かつて“レスリング強豪県”としてその名をとどろかせ、オリンピックの金メダリストを多く輩出して、日本レスリングの伝統を支えた地。若い人はピンとこないかもしれないが、5人の金メダリストを含めて、のべ21人の五輪代表選手を輩出している。

 3年前のアテネ五輪では田南部力選手(岩見沢農高〜日体大卒)が銅メダルを獲得し、底力を見せたが、往年の活気には程遠いのが現実。その北海道で、毎年、全国少年少女選手権と全国中学生選手権に選手を参加させ、底辺の拡大に情熱を注いでいるのが札幌ちびっこクラブの平沢光志代表(北海高〜専大卒
=左写真)だ。

 2年前、自宅を改築するのを機に直径9メートルのゾーンが1個入る大きさの道場をつくり、若い世代の強化にいっそう熱を入れ始めた。今年の全国中学生選手権では、85kg級と110kg級で教え子が決勝進出を果たした。2人とも惜しくも敗れてしまったが、決勝まで進んだのは、1996年に自らの子息の光秀(現新日本プロレス・プロレスラー)・昌大の双子兄弟がW優勝して以来11年ぶり。自宅道場の成果が着実に出た形となった。

■負けて悔しくても、練習する場所がなかった

 それまでは市の体育館の一角を借りての練習だった。当然、借りる時間は限られている。「子供たちが負けて悔しがっていても、練習する場所がなかった。親から預かった以上、いい成績を出させてやりたいのに…」。そう話した時、歯がゆい思いがいくつもよみがえったのだろう、平沢代表の目から不意に涙がこぼれ落ちた。

 練習させたいのに、それができない辛さが、自宅に道場をつくる決断につながった。だからといって、一気に選手が増えるものではない。部員は21人(うち中学生は4人)で、道場は週2回の練習で使うだけ。まだ遊んでいる日の方が多い。「まず週3回の練習ができるようにしたい」と当面の目標を掲げる。
(右写真:全国中学生選手権には、光秀=右=、昌大の双子兄弟も応援に駆けつけ、選手に声援を送った)

 全国的なキッズ選手の競技人口は微増しているものの、北海道はそうではないようだ。その“つけ”は高校レスリング界に及んでいる。団体戦の組める高校は5〜6校程度で、選手数は総勢で40人を超える程度。人口190万人の札幌市ですら、やっているのは札幌北高校だけ。ほかには旭川、天塩、帯広など広域にわたっていて、合同練習もままならない。将来、田南部選手に続く五輪代表選手が出る可能性は低いと言わざるを得ない。

■よみがえるか、レスリング王国

 札幌にはJ2リーグのコンサドーレ札幌があり、2004年にはプロ野球の日本ハムが移ってきて、子供たちの目は今まで以上にサッカーや野球へいく状況になっている。キッズと中学のレスリングを広めなければ、五輪選手の輩出どころか、高校レスリングの存在とて危うくなってしまう。

 そんな危機感が自宅道場設立の一因でもあるのだろう。21人の部員の中には、通っている高校にレスリング部がないため参加してうる高校選手も1人いるとのこと。キッズのみならず、こうした中学選手や高校選手が増えてくれた時が、自宅道場の力が100%発揮される時だ。

 今はその時をじっと待っている状況。いや、“その日”が来なくてはならない。その情熱を無駄にすることがあってはならない。

 全国大会に毎年参加し続けるのは、金銭的にも大変だが、「好きでやっていることですからね」と笑う。「選手は、勝つばかりではなく、他人の痛みを分かるような人間に育ってほしいですね」。最後に勝つこと以上に必要な一言を忘れなかった。
(左写真=セコンドに指示を送る平沢さん)

(文=樋口郁夫、撮影=矢吹建夫)


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