【特集】世界選手権へかける(7)…男子フリースタイル84kg級・鈴木豊(自衛隊)【2007年9月1日】








 “遅咲き”と表現するのは事実に反している。27歳にして初めて全日本チャンピオンに輝き、28歳で世界選手権に初出場する男子フリースタイル84kg級の鈴木豊(自衛隊=
左写真)は、埼玉・埼玉栄高時代にはJOC杯ジュニア王者と国体王者に輝いており、将来を嘱望された選手だ。世界のひのき舞台に出るまでに10年の歳月を要してしまった。やっと手にしたオリンピック出場のチャンスを逃すまいと、いま必死の思いで練習を続けている。

■海外遠征の度に課題を見つける

 「遠征ごとに何かが見つかります。帰国してからその課題に取り組み、いい練習ができていると思います」。全日本チームの遠征に同行したのは、今年3月のトルコ・ブルガリア遠征が初めてで、8月のロシア・ブルガリア遠征は2度目。国際経験の浅さという不安がついて回るが、鈴木は2度の遠征を経験したことでの自らの成長を十分に感じている。

 昨年4月のアジア選手権(カザフスタン)にも参加しているが、今年3月の「ヤシャ・ドク国際大会」(トルコ)で感じた米国選手の開始直後の爆発的なパワーは初めて経験するものだった
(右写真)。「日本では感じることのできない圧力。最初のパワーを防がないと…。今までの練習ではダメだと思いました」。

 一方、外国選手は後半ばてることも実感し、そうなった時にポイントを取れることも分かった。必要なことは開始直後の攻撃を防ぎ、失点を抑えること。ブルガリアへ渡っての合宿、そして帰国してからの練習でそれへの取り組みが始まった。

 そして明治乳業杯全日本選抜選手権に勝っての日本代表権の獲得。いっそう自信をつけた鈴木は、7月の「ベログラゾフ国際大会」(ロシア)でロシアとウクライナの選手を破って3位に入賞。大きな成果を残して世界選手権へ臨むことになった。

 その夏の遠征でも多くの課題は見つかり、世界選手権までにやらねばならないことは多いが、単に「勝つ」という気持ちだけでは、なかなか毎日の練習に打ち込めない。明確な課題があってこそ、練習に向かう気持ちが盛り上がるもの。充実した練習をこなすことができているのも、今年経験した2度の海外遠征のおかげだ。

 1月に世界10位の松本真也(日大)を破って全日本王者になったことは大きな力へとつながっている。「全日本チャンピオンになったことが自信となりましたね。その自信がいい感じで試合に出ています」という理由もさることながら、海外遠征という経験が実力を大きく伸ばしてくれた。

■妻と生後間もない長女を“置き去り”にして遠征と合宿! 罪滅ぼしは勝つこと

 これほどの選手が、昨年までなぜ日本一はおろか、日本代表争いに加わってこなかったのか。日大〜自衛隊という強豪チームに在籍していただけに不思議だ。をその点を問われると、少し考えて「精神的なことだと思います」と答えた。ならば、「絶対に勝つ」という気持ちになり切ることができれば、結果は出てくるはず。

 他に、自衛隊員は誰もが経験しなければならないことだが、教育課程に参加するため数ヶ月間マットを離れる必要があり、その時期に「気分転換というか、自分の人生を見つめ直せたことが大きかった」と振り返る。自分にとって必要なものはレスリングだ。心底からそう思い、マットに戻った時に生まれ変わった鈴木がいた。ある程度の年齢になった選手の場合、がむしゃらに練習するだけがすべてではないのである。

 家庭のある選手の多いグレコローマン・チームに比べると、フリースタイルでは唯一の既婚者。同じ立場の選手がいないことで辛い面はあるだろう。また菅平合宿が終わった翌日の7月19日に長女・菜々美ちゃんが生まれ、その2日後にロシアへ。家族と離れて遠征と合宿をこなしてきたことに、一抹の罪の意識もあるはずだ。

 しかし鈴木は「妻は慣れているし、分かってくれていると思う」と、いい成績を残すことが罪ほろぼしだと言わんばかり。「子供の顔を見ていると、気持ちがいやされ、新たなエネルギーになります」とも。新たな生命が鈴木を後押ししてくれるか。28歳の初挑戦に期待がかかる。

(文=樋口郁夫)



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