【特集】2人の世界女王に肉薄! 試練乗り越え世界一を目指す西牧未央【2006年1月14日】




 昨年9月の世界選手権女子59kg級で、けがを克服した正田絢子(ジャパンビバレッジ)が感動の世界復帰を成し遂げたと思ったら、12月の全日本選手権では、その正田が山本聖子(ジャパンビバレッジ)に黒星。日本の層の厚さと勝負の世界の厳しさをまざまざと見せつけられた。その山本ですら“安泰ではない”と感じずにはいられない若い戦力が育っている。昨年、アジア・ジュニア選手権と世界ジュニア選手権を制し、ジュニア世代では世界に敵なしの西牧未央(愛知・至学館高3年)だ。

 少年少女クラブの名門、大阪・吹田市民教室時代に全国少年大会7連覇を達成
(右写真=1995年全国少年選手権で闘う西牧)。これは吉田沙保里(当時三重・一志ジュニア)の成績を上回る記録。幼年でデビューした1993年から03年の全日本選手権決勝で岩間怜那(当時リプレ)に敗れるまで10年間、正式な試合では負けなしの白星街道を続けた(下欄注参照)。03年には左肩の手術で戦列を離れたりもしたが、その後遺症もなく順調に力を伸ばしている。

 全日本選手権では準決勝で正田と対戦
(左写真)。第3ピリオドまでもつれ、ラスト4秒までリードしていた。最後は正田の意地に屈してしまったが、世界チャンピオンとここまで互角に闘える実力は、日本代表にさえなれば世界チャンピオンに手が届くことを意味する。

 「第3ピリオド、1−0とリードした時に時計を見たら55秒でした。長い、と思ってしまったんです。攻める気持ちはあったんですけど、体はそう動いてくれなかったんだと思います」。心のどこかに生じた“逃げ”の気持ちが殊勲を逃した。「悔しくて、情けなくて…」。試合後は悔し涙にくれる姿があったが、4年前の全日本選手権では、吉田沙保里も時の世界チャンピオンの山本聖子にラスト20秒で逆転負けを喫し、悔し涙を流している。より強くなるために与えられたこの試練、絶対に乗り越えなければならないだろう。

 05年は「ジュニア世代では世界に敵なし」という成績を残し、3月のクリッパン国際大会では03年世界3位のサリー・ロバーツ(米国)に土をつけるなど、階段を着実に昇った一方、3月のジャパンクイーンズカップでは体重が落ちずに計量棄権という悔やまれる経験もあった。

 正田戦の黒星とともに「まだ力はついていない。大人になり切れていないんです」と振り返る。ロバーツに勝った事実も、世界選手権での闘いではないから満足度は100パーセントではない。「日本代表として闘いたいんです」ときっぱり言う。

 こうした上を目指す気持ちは、大阪・関大一中を卒業する時からしっかり持っていた。卒業して至学館高(当時中京女大附高)に進学したのは、中学時代には女子の練習相手がおらず、物足りなさを感じたからだった。「毎日強い選手と練習したい。実力を伸ばせる環境で練習したかった」と迷うことなく選んだ。

 入学した年は、55kg級に吉田沙保里、63kg級に伊調馨という世界チャンピオンが顔をそろえ、59kg級にはワールドカップチャンピオンの岩間怜那がいた。最初の頃は1ポイントも取ることができない辛い日々が続いたが、この中でもまれれば実力がアップしていくのは当然のこと。さらに、世界チャンピオンと練習し生活を共にすることで、「世界チャンピオンを目指す気持ちがいっそう強く持てた」と振り返る。

 柔道の山下泰裕さんが、熊本の高校から東海大相模高に転校し、一番違ったことを「世界一を目指す意識が持てたこと」と話している。“朱に染まれば赤くなる”と言われる通り、世界チャンピオン量産チームの一員なればこそ、世界一を目指す気持ちは半ぱではない。

 06年の目標は、「考えるレスリングをすること」。常に攻撃する気持ちがあるのはいいことだが、何も考えずにやみくもに攻める面もあり、「とりあえず攻めればいい、という攻撃ではなく、状況を考えながら攻める力をつけたい」と説明する。

 中京女大の栄和人監督は「攻撃だけでなく、防御の強さも身につけてほしい。勝つためには防御の強さが必要」と言う。その言葉通り、新春からの世界合宿では外国選手特有の瞬発力で投げられたりしたことも多く、やみくもな攻撃では常に勝ち続けられない現実も経験している。この課題を、どう克服していくか。

 08年北京五輪へ向けて、いずれ63kg級へ上げなければならないが、ことしの目標は「世界選手権の日本代表になり、世界チャンピオンになること」。63kg級で伊調馨越えに挑むのは、その目標を達成してからであり、今の目標は、正田に“あと4秒”のリベンジを果たし、まだ闘ったことのない山本聖子をも乗り越えて中国・広州のマットに立つこと。

 日本のレベルの高さを考えれば、そのマットに立つことさえできれば、その数時間後には金メダルが首からかかっているはずだ。
(右写真=将来の目標となる伊調馨のパネル写真を見つめる西牧)

 キッズ時代から周囲の選手の標的にされ、今もまた“期待の星”として注目を浴びているが、それらに対してのプレッシャーを問われると、即座に「ないです!」とさらり。この強心臓があれば、世界の大舞台ででも実力を発揮してくれることだろう。勝負はまず3月28日!

 《西牧未央のシニアでの主な成績》

 
【2003年全日本選手権】
1回戦  ○[5−1] 清水真理子(群馬県協会)
準決勝 ○[6−2] 菅綾子(日大)
決  勝 ●[0−3] 岩間怜那(リプレ)

 
【ジャパンクイーンカップ2004】
予選1回戦 ○[Tフォール、1:59=10-0] 海原未央(東京・代々木ク)
予選2回戦  BYE
予選3回戦 ○[フォール、1:06=10-0] 池田愛(大阪・堺女子高)
決     勝 ○[不戦勝] 菅綾子(日大)

 
【2004年全日本選手権】
2回戦  ○[2−0(5-0,3-0)] 井上佳子(愛知・中京女大付高)
準決勝 ●[フォール、2P1:11] 中西はつみ(中京女大大学院)

 
【2005年全日本選手権】
1回戦  ○[2−0(@Last-1,2-0)] 梶田瑞華(愛知・至学館高)
準決勝 ●[1−2(0-1,3-0,1-@Last)] 正田絢子(ジャパンビバレッジ)


 (注)中学時代に男子相手の1敗と、中学1年で出場した00年全日本選手権で大学選手相手に敗れた1敗がある。本来13歳ではシニアの大会には出場できないので、これらの黒星は例外とみなす。



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