【特集】心強い“母艦”を得て、今年こそ世界一を目指す松本慎吾【2006年1月20日】






 年明け早々から世界の強豪を向かえて行われた女子の全日本合宿が終わったあと、16日から男子の全日本合宿がスタートした。日本チームのエース、グレコローマン84kg級の松本慎吾(一宮運輸=写真右)は、昨年暮れの全日本選手権で優勝したあと、「国内の大会では目標はありません」と言い切り、勝つのが当然という自信をずばりと口に出した。そして勝負の年が幕を明けた。

 「ことしの目標は世界選手権のみです。ここに向けて強化を進めていきます」。春にアジア選手権があった昨年と違い、今年は9か月という長いスパンで、腰を落ち着けてじっくりと強化に取り組む腹積もりだ。昨年の世界選手権は4回戦(準々決勝)で敗れてメダルを逃し、控室へ戻る通路で悔し涙を流しながら、世界一への気持ちがいっそう募った。その思いを忘れることはできない。

 ただ、暮れも正月もなくがむしゃらに練習を重ねる年代は過ぎた。全日本選手権のあとの年末年始は、ゆっくりと休んで体のケアに取り組み、年明けから練習を開始した。この合宿を迎えるまでの練習で体力をかなり戻しており、「この合宿で100%に戻したい」という計画をたてている。

 冬の間の課題は、横崩しの完全なマスター。昨年5月にグラウンドの攻防が取り入れられて以来、リフトの攻防の練習が主になっているグレコローマンだが、それは大方マスターしている松本は「横崩しをしっかりマスターしていれば、闘いの幅が広がる」と、一歩上をいく練習に取り組んでいる。

 もちろん、9か月もあると目標までに中だるみしてしまう可能性もあるだろう。だが、今年から“第2の世界選手権”として賞金マッチのゴールデン・グランプリ・シリーズがスタートする。日本は3月にブルガリアで行なわれる予選大会第2弾の「ニコラ・ペトロフ大会」に出場予定で、ここで3位以内に入れば6月にアゼルバイジャンで行なわれる優勝賞金5000j(約57万円=これ以上になる場合もある)の決勝大会に出場できる。長いスパンで強化するという計画と矛盾する部分も出てこようが、出場することになったら、モチベーションの維持に役立ちそうだ。

 プロ格闘技団体から1億円ともいわれる契約金を示されながら首を縦にふらないことでも分かるとおり、松本はレスリングが好きで、レスリングで世界の最高峰に立つために闘っている。決して金のために闘っているのではない。それでも、好きな世界での賞金マッチには魅力を感じ、「いいですねえ…。出ることになったら頑張りますよ」と笑う。

 長期計画による強化ということを忘れてはならないが、モチベーションを落とさないためにも、3月の闘いにも全力を尽くして「3位以内」という結果を出し、“第2の世界選手権”へコマを進めてほしいと思う。

 昨年の正月と今年の正月と、私生活で大きな違いがある。結婚したことだ。昨年4月に幼なじみで幼稚園の先生をやっている彰子さんと入籍し、11月には結婚披露宴。今回は2人で臨む最初の新年であり、その分、気の持ち方も違っているはずだ。

 「今までは自分だけの生活でした。これからは2人で一緒にがんばっていけます」。記者の前では常にエースの貫録をただよわせ、すきのない表情しか見せない松本が、この話題の時にはちょっぴり照れながら、幸せな新婚生活を語った。「昔は、疲れて帰っても一人で、気持ちが安らぐことがなかったように思う。今は違う。練習とリラックスのめりはりをつけられ、大きく変わりました」。

 昭和30、40年代には、現役ばりばりの選手が結婚というのは、よく思われず、「選手は練習に没頭しろ」「結婚は引退したあと」という風潮があった。今でも、恋愛や結婚が選手の闘争心をなえさせ、向上を阻むという例もあるだろう。

 だが、松本と同期の笹本睦(グレコローマン60kg級)が大学を卒業と同時に結婚し、しっかりとした“母艦”に守られながら世界で好成績を残している身近な例もある。要はその選手の考え方と姿勢次第。全日本チームを引っ張り、世界一という目標強く持っている松本ならば、よもや前者の失敗をおかすことはないだろう。プラスにもっていけるものと信じたい。

 アテネ五輪までの目標だったハムザ・イェルリカヤ(トルコ=96年アトランタ五輪、00年シドニー五輪)は1階級アップした。今の目標はアテネ五輪の王者であり、過去2戦2敗のアレクセイ・ミシン(ロシア=
写真右)。昨年の世界選手権は決勝で不覚を喫したが、「ちょっとしたミスを犯したのであり、実力は一番だと思います」と分析し、新たな目標として照準を定めている。

 世界一の座、そしてオリンピック・チャンピオンの座は、どんな時でも選手のあこがれだ。そのあこがれへ向かい、松本の06年の闘いが始まった。



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