【特集】言い訳を許さない八田イズムの精神を踏襲…グレコ55kg級・豊田雅俊【2006年2月21日】






 ネコの目のように頻繁に変わるグレコローマンのルール。昨秋にセンターサークルに長方形のラインが引かれたルールが採用されたと思ったら、今月初めにそのルールが撤廃。中央に一本のラインが引かれた状態の下でパーテール・ポジションがスタートすることになった。

 攻撃する選手は相手の腹の下に足を入れることができるようになり、上げやすくなったかのような印象がある。事実、上げやすくするためのルール改正のようだ。しかしアテネ五輪55kg級代表で、全日本チーム最年長の豊田雅俊(警視庁)は「変わらないですね。どっちもどっちですよ。防御の選手だって、そのルールに合わせて守る練習を積むわけですから」と言う。

 俵返しの基本ができていなければ、どんなルール下でも上がらないし、逆に基本さえしっかりできていれば、どんなルールでも上がる、と言わんばかり。これまでルールが変わる度に、「欧米選手に有利で、日本選手に不利」などと言われることが多かった。だが、そう考えることはすでに敗者の道を歩んでいるようなもの。条件は相手も同じ。有利・不利を考える前に、そのルールに合わせた強さを求めて練習する姿勢が必要。豊田の言葉は、その鉄則どおりの姿勢だと言えるだろう。

 「負けの言い訳を探さない」というのは、日本レスリング界に脈々と続く八田イズムの真骨頂だ。選手が「緊張して寝られなかった」と言えば、寝ないでも力を出せる練習をさせ、「(外国では)ご飯が食べられないから力が出ない」と言えば、合宿の食事がすべてパン食になった。

 八田イズムを意識したわけではないだろうが、豊田はふだんの生活で試合で100%の力を出せる“練習”を積んでいる。主な練習場所である拓大が昨年4月、茗荷谷から八王子に移転し、麻布の自宅からの移動に片道30分もあればよかったところが2時間もかかる不遇に追い込まれたことだ。“電車通勤”とはいえ、体力も神経もすり減らす。しかし豊田は「試合を想定すると、これもいいんじゃないかな、と考えています」と、前向きにとらえている。

 今までなら、朝練習をやり、昼寝をして体力を回復させてから午後のマットワークへ向かうことが普通だった。今は昼寝で体力を回復させることができず、体力的に集中できないまま午後の練習をやることが多い。これこそが大会での1日だ。大会では、午前のセッションと午後のセッションの間に寝る時間のとれる場合もあるが、世界選手権のような出場選手の多い大会では、まず不可能。「ホテルに帰る時間もない場合だってある。その状況だと思ってやっています」。

 これまでに、試合のマットに上がりながら、どうしても集中できない時があった。「昼寝ができなかったから」などという理由が、勝てない理由にならないことは言うまでもない。「眠たいな、電車移動は辛いな、という気持ちは出てきます。でも、その状態でも力を出すんだ、という心がけでやっていると、2時間という時間が無駄な時間には思えないんですよ。本を読んだりして、いろんなことを勉強もできますし」。ダテにキャリアは積んでいない。

 キャリアといえば、疲労回復に関しても、以前よりは成長している自分を感じるという。「疲れの残らない練習が、できるようになったと思っています。これも経験によるものだと思います」。29歳ともなれば、がむしゃらに練習をすればいい年代ではない。「自分の体は、自分以外には分かりません。自分で練習の強弱をつけ、自分で判断しなければなりません」。しっかりとした信念のもとで練習に打ち込む毎日だ。

 「日本の55kg級なら誰が出ても世界で勝てる、というくらいの状況にする役目があると思います。その使命感も感じてるんですよ」。こうした言葉が出てくるのも、選手として、また人間として幅が出てきたからだろう。もちろん「負けると悔しいですから」と、まだ退くつもりはない。若手が育ち、よりハイレベルの中で練習ができれば、それが自らの強さにもつながるという考えからの言葉。そして自分が情熱を燃やしてきたレスリングに対する愛情があればこその言葉だ。

 超高校級と騒がれた時(1993年=徳島・穴吹高2年)から、13年の歳月が経っている。選手としても、人間としても円熟味の出てきた豊田の2006年が期待される。。


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