【特集】“ロシア王者”を破った成長株。世界へ挑む!…フリー55kg級・稲葉泰弘【2006年2月22日】






 冬の強化の仕上げとして、全日本チームが間もなく欧州遠征に出発する。フリースタイルの3階級は2番手(全日本2位選手)も抜てきされ、55kg級の稲葉泰弘(専大2年)、60kg級の高塚紀行(日大2年)、74kg級の長島和幸(クリナップ)の3選手がチームに帯同する(他に55kg級全日本3位の田岡秀規=自衛隊)。

 この中で、高校時代の成績が一段落ちるのが稲葉(茨城・霞ヶ浦高卒=
左写真)だ。落ちるといっても、全国高校選抜大会とインターハイで勝っているのだが、長島(群馬・館林高卒)が99年に、高塚(茨城・霞ヶ浦高卒)が03年に、ともに高校四冠王者に輝いていることに比べれば“一段落ちる”。そこから2年足らずの間に急成長を遂げ、世界へ挑む足がかりをつかんだ。

 04年の全日本選手権で3位となり、昨年も冬の全日本チームの遠征に抜てきされている。その経験が当たって、7月の世界ジュニア選手権(リトアニア)で銀メダルを獲得し、霞ヶ浦高同期生の高塚の銅メダルを上回った。12月の全日本選手権では前年を上回る2位へ。ことしは今月初めのデーブ・シュルツ杯国際大会で(米国)、ロシアのトップ選手を破っての銀メダルを獲得。まさに“急成長”と言うべき結果を残している。

 「全日本で2位になったのが大きな自信になりました」。決勝でこそチャンピオンの松永共広(ALSOK綜合警備保障)と力の差を見せつけられたものの、NHKの生中継もあった大舞台で闘うことができたのは、大きなエネルギーになったという。やる気は練習への姿勢にも表れる。年明けの大学のテスト期間中でも、練習量は減らさなかったという。この姿勢がデーブ・シュルツ記念国際大会での銀メダルにつながった。

 同大会の準決勝で闘ったジャマル・オタルスルタノフ(ロシア)は、ロシア最高レベルの国際大会といわれる「ヤリギン国際大会」(1月28〜29日=ゴールデン・グランプリ大会)の覇者。アテネ五輪金メダルのマブレット・バティロフ(ロシア)が1階級アップした現在、ロシアのナンバーワンといっていい若手のホープだ。

 「ヤリギン大会の優勝選手だということは知りませんでした。知っていたら、びびっていたかも…。闘ってみて、強いという気はしなかったです」ときっぱり。世界ジュニア選手権の決勝で負けた相手がロシア選手だということもあり、「ロシアのナンバーワン級の実力があるね」という誘い水は、「まだまだです」と強く否定したが、そのくらいの自信を持ってもいいはずだ。

 勝因は「全日本2位になった自信です」と言う。前年も3位に入っていたが、「組み合わせがよかっただけ。今回の2位は本当に勝った2位だから」。勝つことで自信がつく。自信を持って闘えば、実力以上のものが出て勝ち続けることができる…。昨年からの1年間、すべてが好循環でまわっているようで、それは自身も感じていることだという。

 今年は、国内では松永越えに挑まねばならない。「パワーも技も全体的に劣っています」と、これの克服に全力を尽くす。専大の佐藤満コーチは「タックルに入るスピードはあるが、とめられた時の引きつける力がまだ。とめられてもテークダウンできる力がほしい」と要望する
(下写真=佐藤満コーチのアドバイスを受ける稲葉)。3月の遠征での課題となるだろう。

 急成長の発端が昨年の全日本チームの欧州遠征帯同だったことを考えれば、ことしの遠征にも期待するものは多い。特に最初に出場する「ウズベキスタン・カップ」(3月11〜12日=ゴールデン・グランプリ大会)は、世界王者である地元のディルショド・マンスロフが出場する可能性があり、昇り調子の今こそ、果敢に挑んでもらいたいと思う。

 稲葉は昨年の世界選手権を視察する機会に恵まれており、松永をも翻ろうしたマンスロフの実力は目に焼きついている。「まだ勝てないと思います…」と弱気な言葉が出てきたが、ロシアのナンバーワンを破った実力にもっと自信を持つべきだ。日本選手の技量は世界の中でもそん色ないはず。相手を「強い」と思いこんでしまうから持っている実力を出せないのであり、相手を飲んでかかって闘うことや、「絶対に勝つ」という気持ちを強く持って闘うことが必要だ。

 「時期尚早なんて言っていたら、100年経ったって時期尚早ですよ」とは、日本サッカー協会・川渕三郎会長の有名な言葉。「まだ…」など言っている間に時間はどんどん経ってしまう。いま勝負をかけずに、いつ勝負をかけるのだ。

 世界選手権などでは、デーブ・シュルツ大会の時の稲葉のように相手の実績を知らずに闘うことはありえない。「世界王者」「欧州王者」などといった情報が嫌でも耳に入ってくる。こうした情報に負ける選手では、絶対に上へはいけないはずだ。稲葉には、挑んでもらいたい。「世界チャンピオンが何だ!」という壁に。


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