【特集】エリート選手に挑戦する“雑草”…フリー74kg級・加藤陽輔【2006年5月6日】






 1964年東京五輪から現在まで、80年モスクワ五輪の幻の代表を含めて常に五輪に代表選手を送っている県は? 答は「秋田県」。04年アテネ五輪でも、男子フリースタイル84kg級に横山秀和が出場し、11大会連続出場を達成した。昨年はアジア選手権、世界選手権ともに代表を送ることができなかったものの、全日本選手権の男子フリースタイル66kg級を佐藤吏(早大=秋田・秋田商高卒)が制し、伝統継続へ希望がつながっている。

 この春、もう2人の逸材が国際舞台で成績を残した。男子フリースタイル55kg級の齋藤将志(警視庁=秋田・秋田経法大付高卒)と男子フリースタイル74kg級の加藤陽輔(
右写真=日体大助手、秋田・秋田商高卒)。ともに4月上旬のアジア選手権で銅メダルを獲得。本人たちは意識していないだろうが、秋田県レスリング関係者の期待を一身に背負って北京五輪を目指すことになる。

 2人のうち、高校時代に全国王者がなく、大学進学後にはい上がったのが加藤だ。齋藤が全国高校選抜大会、インターハイ、全国高校グレコローマン選手権と3つのタイトルを手にしていたのに対し、加藤は全国高校選抜大会で2位に入ったのが最高。インターハイでは2年下の松本真也(京都・網野高=現日大)に敗れてベスト8どまりだった。

 しかし、大学4年生の2004年には、齋藤が全日本大学選手権を落として一冠に終わったのに対し、加藤は学生二冠王へ。昨年は明治乳業杯全日本選抜選手権と天皇杯全日本選手権でともに3位入賞。齋藤と肩を並べるどころか上回る成績を残し、今後に期待を持たせてくれる選手に成長した。

 アジア選手権では、初戦で05年ユニバーシアード優勝のハディ・ハビビ(イラン)に敗れて、次が3位決定戦。くじ運に恵まれたのは確かだが、そこで韓国代表を下しての銅メダルは自信にしていいこと
(左写真の青)。これまで「デーブ・シュルツ国際大会」への出場経験はあるものの、世界ジュニア選手権や世界学生選手権への出場はなく、日本代表として出場した初めてのマットでメダルを取れたことは大きいはずだ。

 しかし本人は「国内で勝って出たわけではないですから…」と、アジア選手権の成績以上に、まだ本当の日本代表選手でないことで喜ぶ気持ちにはなれないようだ。「組み手はできたけど、タックルが取れなかった。課題が多く残った」と満足できる内容ではなかったことを強調した。

 今回闘ったのはイランと韓国には、ともに力負けはしなかったというから、体力的には世界でもそん色ないことが分かった。「必要なものは技ですね」。課題がはっきりと分かっただけでも、収穫のあったアジア選手権。今後につなげられる練習ができそうだが、「まず日本で勝つことです」と加藤。高校時代に全国大会無冠だったとはいえ、「オリンピックを目指してレスリングを始めた」だけに、目指すものははっきりしている。日本で一番にならなければ、オリンピックへはつながらないことは十分に理解している。この意識の高さこそが、今後に一番期待できる要素と言える。

 「日体大の先輩は、みんな意識を高く持っています。松本先輩(慎吾=グレコローマン84kg級)、笹本先輩(同60kg級)…、世界一を目指してレスリングをやっています」。全国大会無冠の存在から学生二冠王へ、そしてアジア選手権銅メダルとはい上がることができたのは、「意識の高い選手に囲まれた中で練習できてきたおかげです」と振り返る。しかし、最も大きな要因は、強豪に囲まれての厳しい練習の中でも「強くなりたい」「オリンピックへ出たい」という気持ちを持ち続けることができたからほかなるまい。

 日体大の助手は今年度いっぱいで終わり、来春には就職口を探さなければならない。「秋田に帰って先生の道もありますが、最低でももう1年、レスリングに専念できる環境にいたい」。アジア選手権3位の結果で、ますますその気持ちが強くなったことだろう。

 その思いを実現するためにも、6月3〜4日の明治乳業杯全日本選抜選手権(フリー74kg級は4日)は、一気に優勝を狙いたいところ。全日本3位の加藤にとって、国内での敵はチャンピオンの小幡邦彦(ALSOK綜合警備保障=アテネ五輪代表)と2位の長島和幸(クリナップ)の2人。ともに勝ったことがなく、「まだ作戦なんて考えるところまで来ていないんですよ」と笑うが、あと2年のうちには何としても倒さなければならない相手。今回は勝てなくとも「あと2年のうちには」と感じさせてくれる内容はほしいところだ。
(右写真=全日本合宿で練習する加藤。後方は小幡)

 小幡は2年連続高校四冠王者、長島は高校四冠王者で、ともに高校時代からずば抜けた成績を残し、順調に力を伸ばして全日本のトップレベルにたどりついた選手。対して加藤は全国大会無冠の存在からはい上がった“雑草”。アジア銅メダリストの意地というより、“雑草”の意地に期待したい。

(取材・文=樋口郁夫、アジア選手権撮影=保高幸子)


◎秋田県出身の五輪代表選手

年  場   所 階   級 選 手 名 成 績
1964年 東京 フリー・ミドル級 佐々木 龍雄 5 位
1968年 メキシコ フリー・ウエルター級 佐々木 龍雄 4 位
1972年 ミュンヘン フリー57kg級 柳田 英明 優 勝
フリー82kg級 佐々木 龍雄 5 位
グレコ48kg級 石田 和春 6 位
1976年 モントリオール フリー68kg級 菅原 弥三郎 3 位
フリー82kg級 茂木  優 四回戦
1980年 モスクワ フリー68kg級 宮原  章 −−−
フリー82kg級 太田  章 −−−
1984年 ロサンゼルス フリー90kg級 太田  章 2 位
1988年 ソウル フリー52kg級 佐藤  満 優 勝
フリー90kg級 太田  章 2 位
1992年 バルセロナ フリー52kg級 佐藤  満 6 位
フリー90kg級 太田  章 三回戦
1996年 アトランタ フリー90kg級 横山 秀和 三回戦
グレコ74kg級 片山 貴光 8 位
2000年 シドニー グレコ76kg級 片山 貴光 予選リーグ
2004年 アテネ フリー84kg級 横山 秀和 予選リーグ



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