【特集】このまま終わってしまうのか!? 元世界3位の池松和彦が仰天発言【2006年7月5日】






 「レスリングが好きじゃない」―。7月2日に行われた全日本社会人レスリング選手権の男子フリースタイル74kg級で優勝したアテネ五輪フリースタイル66kg級代表の池松和彦(K-POWERS)から衝撃的な発言が飛び出した。

 6年連続世界代表の座を逃した明治乳業杯全日本選抜選手権から1か月。1階級上とはいえ、復帰戦となった大会で優勝し、来年1月の天皇杯全日本選手権に向けて復活ストーリーの始まりかと思われた矢先の発言だった。気持ちがぷっつりと切れてしまった池松が発したこの言葉の意味は――。

 池松は2003年世界選手権フリー66kg級の銅メダリストで、低迷が続く男子レスリングの中で、世界選手権の表彰台を経験している唯一の現役選手。世界3位の勢いでアテネ五輪でも5位に入賞し、一躍日本レスリング界の看板選手になった。周囲は、アテネ五輪に続く北京五輪への連続出場、そして悲願の金メダル獲得を期待している。

 だが、周囲の過剰な期待とは裏腹に、池松の気持ちは冷めている。世界3位になってから、池松への期待は膨らむばかりで、そのプレッシャーが池松を追い込んでいる。「金メダル、金メダルと言われ続けるのが疲れた」「勝ち負けだけが大事なのか」。その気持ちの迷いから、練習にも身が入らず、現在は週に2日と、以前では考えられない少ない練習しかこなしていない。「やっぱり練習しないと勝てない」と振り返るように、先月の全日本選抜選手権では当然のごとく初戦敗退に終わった。

 池松はここ5年間、日本のトップを走ってきた選手だ。それだけに全日本選抜の敗戦のショックは大きかった。周囲からも「もしやこのまま引退か」と懸念する声があがった。だが、「実家の牧場を継いでもレスリングは続けたい」と、現段階での引退の意思は無く、レスリングとどう付き合うか試行錯誤の日々のようだ。社会人大会に出場した理由は「レスリングが好きかどうか確かめるため」だった。

 大学を卒業してはや3年。同期の多くが地方で就職し、離れ離れになっている。今回の大会では、「地方に行った友だちと会えたり、後輩と試合できたりしてよかった」と楽しみながら1、2回戦を勝ち抜くと、次第に集中力も高まり、準決勝、決勝では“世界の池松”のオーラを放ちながら、接戦をものにした。楽しく自由にレスリングをすることで、自身の強さを引き出すことに成功。大会に出場したことは池松にとってプラスになったようだ。

 大会翌日、日本サッカー界の顔ともいえる中田英寿選手が引退を発表した。引退声明を発表した公式サイトに「『サッカー、好きですか?』と問われても『好きだよ』とは素直に言えない自分がいた。子供のころに持っていたボールに対する瑞々しい感情は失われていた」という一文がある。レスリングで結果を出すことが仕事である池松も、中田と同じように「楽しい、好きだ」という感情が、勝たねばならないというプレッシャーに飲み込まれているように感じる。

 競技の楽しさと辛さが均衡しているなら、いいだろう。しかし、辛さの割合が100パーセントになったら……。「勝つためのレスリングはうんざり。魅力も分からなくなってきた」と心境を吐露する池松のベクトルは、引退へ向いているのかもしれない。

 だが、悩める状態でも池松はトーナメントを勝ち抜いた。試合へのモチベーションを問うと、「試合なんで全力を出すのは当たり前」と今まで後ろ向きな発言を繰り返した池松の目が変わった。そのモチベーションがレスリング生活すべてにおいて持続できるならば、まだ世界3位の池松が戻る可能性は十分にある。秋に予定されている国体と全国社会人オープン選手権への出場は今のところ考えておらず、次の大会は全日本選手権になる予定。あと半年が池松の選手生命を左右する大事な時期になりそうだ。

 「燃えていない」池松の復活は、レスリングに再びやりがいを見出して日々の練習にいそしめるかどうかがカギとなる。それとも、このまま選手を辞め、セカンドキャリアの道へ進むのか。池松和彦は今、選手としての正念場を迎えている。

(文・写真=増渕由気子)


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