【特集】世界選手権へかける(5)…男子グレコローマン96kg級・加藤賢三【2006年8月17日】






 メダルラッシュに沸いた一昨年のアテネ五輪。中でもレスリングは、女子で全階級、男子も2個のメダルを獲得し、脚光を浴びた競技のひとつだった。しかし、その桧舞台に立てなかった階級が5階級ある。加藤賢三(自衛隊)の階級であるグレコローマン96kg級もそのひとつだ。五輪出場権をかけて臨んだ2003年の世界選手権では30位。その後の五輪予選でも成績を残せず、第2ステージでタジギスタンの選手から1勝を挙げるにとどまった瞬間、加藤は全日本で優勝しながら五輪への道が断たれるという人生最大の屈辱を味わった。

 「悔しかったし、後輩に悪いことをしたと思った」。当時の悔しさはいまだに忘れることはできず、その悔しさをバネに全日本1位の地位を守り続けた。しかし再び世界に挑んだ2005年、新ルールになっても世界の勢力図は変わらず、1勝もできずに31位と惨敗。「まだ世界選手権で1勝もしていない」とうなだれる。今春のアジア選手権でも結果を残せず、女子や男子軽量級がマスコミから脚光を浴びる中、今年12月のアジア大会(カタール・ドーハ)への派遣を見送られた。またも全日本王者が辛酸をなめさせられてしまった。

 グレコ96kg級は“勝てない階級”と位置づけられたことを、「そのとおり」と冷静に受け止める反面、「競技で飯を食っている」という自覚からか、世界で勝てない現実に「悔しい」と唇をかみしめる。腹を据えるために「五輪を目指すのは北京が最後」と、あと2年でレスリングに区切りをつけることも決断した。

 世界との差はやはりパワーだ。グラウンドの攻防が勝負の分かれ目となる現行ルールでは、グラウンドでのオフェンス力の向上が急務となった。「グラウンドでのディフェンス対策は練っているが返されてしまう」。ならば自分の攻撃時に的確にリフト技を決めなければ勝利は見えてこない。そのため、今までマット練習の合間に差し込んでいたウエイト練習をメーンにするという斬新なメニューに切り替えた。

 ウエートにあてる時間は以前の4倍。成果も数字に表れ、ハイクリーンは100kgから130kgまで上がるようになった。この数字が加藤の自信につながる。「今年は絶対に世界選手権で白星を挙げる。そしてアジア大会の枠を外した人たちを見返したい」。

 加藤といえば、スタンドでのバランスは申し分ない。6月の明治乳業杯全日本選手権では、プレーオフで絶妙なタイミングからの首投げで相手をフォールへ追いやった。「スタンドには自信がある」と胸を張るが、今のルールではスタンド攻撃は各ピリオドの冒頭1分のみ。たとえタイミングよく胴タックルや首投げが決まったとしても、力が拮抗していれば3点が限度だろう。その後、グラウンドの攻防で完璧な俵返しを食らったら、スタンドでのアドバンテージも一瞬でなくなってしまう。スタンド型の加藤は体に染み付いてきた現行ルールについて「やっぱり言いたいこともある」と苦笑い。

 しかし、念願の北京五輪に出場するにはこのルールで勝ち上がるしかない。そのために「日本一厳しい練習」と自負する過酷なトレーニングにも耐えている。そんな自分を支えてくれるのは、毎日同じ汗を流す自衛隊体育学校の仲間たちだ。「全階級の代表が自衛隊になるように」と大きな夢を掲げるほど、加藤は自衛隊愛が強い。

 帰宅すれば、生後5カ月の愛娘・結依ちゃんに癒される。「娘を北京五輪に連れていって、できればその首にメダルをかけてあげたい」。五輪への挑戦はあと1回。自分の気持ちに応えるため、そして愛娘のため、自衛隊の仲間のために加藤が、世界選手権1勝の壁に挑む。

(取材・文=増渕由気子)


 ◎加藤賢三の最近の国際大会

 
【2005年10月:世界選手権(ハンガリー)】

1回戦 ●[0−2(TF0-6=1:37,TF0-8=1:04)] Vladislav Metodiev(ブルガリア)

 
【2006年4月:アジア選手権(カザフスタン)】

1回戦 ●[0−2(0-5,TF1-7)] Aliyev Abdumalik(ウズベキスタン)



《前ページへ戻る》