【特集】「インカレ2連覇で喜んでいられない」…長谷川恒平(青学大)【2006年8月29日】






 8月24〜27日に行われた全日本学生選手権(インカレ)で、グレコローマン55kg級の長谷川恒平(青山学院大=左写真)が2連覇を達成した。青学大選手の2連覇は、2001・02年の長島正彦(フリー69・66kg級)以来で、グレコローマンに限れば、創部初快挙となる。

 組み合わせが発表された当初、2004年JOC杯ジュニア選手権決勝で敗れている倉本真一(拓大)との決勝戦がヤマ場と見られていた。しかし、倉本が参加しないことが判明。この時点でグレコ55kg級は長谷川のためだけに組まれたトーナメントと変貌した。だが、逆に「倉本君が不参加ということで絶対に勝たなければならなかった」と少しプレッシャーになったようだ。周囲からの「倉本がいないから優勝」という雑音に対し、「誰が相手でも関係なくやろう」と自分自身に言い聞かせた。

 1回戦をシードされ、迎えた山下誠司(群馬大)との初戦、スタンドでまさかの失点を喫した。リードは許さなかったものの、ポイントを許したことで長谷川の闘争心に火がついた。翌日、3回戦から決勝まで4試合をこなしたが、無失点で白星街道を走り抜けた。「拓大と合同で行った夏合宿で1日7試合やりましたから、それに比べれば半分」とひょうひょうと話す長谷川には、余裕の表情が漂っていた。

 グレコローマンの優秀選手賞も取り、学生界では敵なしの強さを見せる長谷川にも課題はあった。「スタンドは世界レベル」と周囲に褒められるほど精度が上がってきているが、グラウンドの評価は今ひとつ。今年初めの海外遠征や世界学生選手権での課題もグラウンドのディフェンスだった。「現行ルールは、体が上がったら終わり」と言い聞かせ、夏合宿ではグラウンドのディフェンス強化に時間を割いた。その甲斐あってグラウンドの失点をゼロに抑えることができた。課題をひとつずつ克服し、ライバルがいなくてもどんどん成長し続けた。

 青学大OBでもある太田浩史ヘッドコーチは、自分の後輩であり教え子の快挙に喜びを爆発させた。自身も91年にグレコローマン82kg級で1度、インカレ優勝を経験しているだけに、2連覇を成し遂げ自分を超えていった長谷川に対し、「素直にうれしい」と目元をゆるませた。

 長谷川の評価が高い理由――、それは体が柔らかく、バランスもよく、さらに身体能力が高いからだと言われている。加えて試合巧者でもある。努力で培われた能力というより、生まれ持った天性の部分が秀でている。まさに天才だ。

 しかし、太田ヘッドコーチは、そのアドバンテージで勝ち続けているのではないと断言。「一番すごいところは気持ちです」と負けず嫌いな性格を挙げた。「1ポイントもやりたくない」、そんな気持ちが天才・長谷川の心を揺り動かし、自然と練習量が増える。天才が努力をし続けたら、もう鬼に金棒だ。

 今年、学生ながら世界選手権の代表の座を射止めたのは、フリー84kg級の松本真也(日大)ら3人。全日本選手権を獲ったことがある学生となるともっと増えるが、そのリストの中に長谷川の名前はまだない。インカレ2連覇や、優秀選手賞という名誉も、全日本選手権優勝という肩書きの前ではかすんでしまう。

 「同学年のヤツらがどんどん世界に出てっているんで、インカレ2連覇で喜んでいられません」。学生の集大成を見せるのは、来年1月の天皇杯全日本選手権だ。「まだ豊田さん(雅俊=警視庁)には劣っている」と力の差を認めるが、「結果、出しますよ」と力強く語った。

 長らく“豊田政権”が続いているグレコ55kg級に風穴をあけることができるか? 長谷川の本当の挑戦はこれからだ。

(文・撮影=増渕由気子)


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