【特集】世界選手権へかける(6)…男子フリースタイル66kg級・小島豪臣【2006年9月2日】






 1階級アップして通用する強さを身につけるには、普通2年の期間が必要といわれる。男子フリースタイル60kg級で04年全日本チャンピオンに輝いた小島豪臣(周南システム産業
=左写真、こじま・たかふみ)は、今年6月の明治乳業杯全日本選抜選手権を無失点で勝ち抜き、1階級アップの壁を約半年で乗り越え66kg級の世界選手権代表をゲットした。初の世界選手権へ臨むにあたり、「緊張はない。あと1ヶ月でも力は伸びる」と気合を入れている。

 全日本選抜選手権で勝っただけなら、「国内の66kg級のレベルが低いから」と言われかねなかった。池松和彦が03年に世界3位となり、アテネ五輪で5位に入賞した階級だが、その池松がやや力を落としているのは事実。小島の実力が世界で通じるものかどうか、疑問符がついたのももっともだろう。

 しかし、8月上旬にロシア・カリニングラードであった「ベログラゾフ国際大会」で、ロシア選手ら4選手を破って優勝したことで、それらの雑音を封印した。世界選手権での期待は高まるばかり。昨年の世界選手権を1ピリオドも落とすことなく勝ったマハチ・ムルタザリエフ(ロシア)に対し、「どれだけ強いかやってみたい」と話し、気持ちは燃えている。

 1階級アップといっても、学生の団体戦では66kg級に出ており、“テスト”は何度かやっていた。それでも、昨年12月の天皇杯全日本選手権は池松を破りながら同級学生王者の佐藤吏(早大)にフォール負け。今年4月にはアジア選手権(カザフスタン)出場のチャンスをもらったにもかかわらず、モンゴルとウズベキスタンに敗れて5位
(下写真)。「力負けした」と1階級上の選手の実力を痛感した。

 一方、若さは吸収も早い。「ベログラゾフ国際大会」の前にあったロシア選手との合宿でも、最初は「ロシア選手のうまさにやられ続けた。ロシア選手はタックルへ入ってからの身のこなしがうまい」と舌を巻いたのも束の間、数日後にはその防御ができるようになり、互角近くに、そして互角以上に闘えるようになった。

 日に日に強くなるのが本人のみならず周囲にも分かるのが、若さの持つ強み。本格的に1階級アップしてからまだ1年も経っていないうちの世界選手権出場だが、期待できるだけの選手に成長しているのは間違いない。

 今年4月に日体大を卒業し、山口県の企業である周南システム産業に就職した。2011年の山口国体まではレスリングに専念させてもらえるが、午前中は東京支社で事務をこなしており、決して“国体のためのプロ選手”ではない。現在の1日の生活は、午前5時50分起床に始まる。学生の朝練習の時間には早いため、一人でランニングやウエートトレーニングをこなし、それから田園都市線を使って渋谷へ出社。仕事が終わったあと、3時ころからの日体大の練習に加わっている。

 社会人になってレスリング部の合宿所を出ると、強制されることがなくなるので、朝練習に毎日参加するのはかなりきつい。大学を卒業してしまえば参加する義務もなくなるわけだが、日体大では、この春、合宿所周辺に住んでレスリング活動を続ける社会人選手の朝練習などへの出方が悪いため、藤本英男部長と安達巧監督が「そんなことなら、もうウチの練習に来るな!」と雷を落としたという。

 OBに対しても、時にこうした厳しさを見せるのが、日本レスリング界を支えてきた日体大の強さなのだろう。小島は合宿所住まいを続けていることもあり(ただし部屋は一人部屋)、朝練習は「毎日やっています」と言う。「オリンピックへ出たい、勝ちたい、という気持ちからです」ときっぱり答え、「応援してくれる人の期待にも応えたい」と続けた。オリンピックは「高校でレスリングをやり始めた時からの夢」とも。この気持ちが続く限り、朝5時50分起床の生活が崩れることはないだろう。

 日体大での練習を「練習相手が多く、全日本トップレベルの選手も多くいて、意識が高くなる」と、自らの成長の根源と振り返る。インターハイ優勝の実績はあるものの、ずば抜けた選手ではなかった小島が、世界一を目指す選手に飛躍できたのも、この高い意識があればこそだ
(右写真=目標の先輩、池松と練習する小島)

 しかし、その日体大の現役・OBで世界選手権へ出場するのは、昨年はフリースタイルだけで4選手いたのに、今年は小島1人しかいなくなってしまった。いやがおうでも「日体大の牙城(がじょう)を守る」という結果が求められてしまう。8月29日で23歳になったばかりの若手が日体大の威信を守らねばならないのは、ちょっと酷かもしれない。だが、小島はそんな問いかけにも動じる様子はなく、「全日本チームは日体大が支えなければならないです」と話す。

 04年全日本選手権でアテネ五輪銅メダリストの井上謙二を破り、昨年の全日本選手権で03年世界選手権銅メダルの池松を破った男は、見かけとは裏腹に強心臓の持ち主のようだ。メダリストを続けざまに破った男の強さを、広州でも見せてもらいたい。


 ◎小島豪臣の最近の国際大会

 【2006年4月:アジア選手権(カザフスタン)】


1回戦  ●[0−2(0-6,1-3)] Batzorig IB Buyanjav (モンゴル)
敗復戦 ○[2−0(1-0,1-0)] Kim In Chol (北朝鮮)
3決戦  ●[1−2(1-0,4-6,0-1)] Khutaliev Arslan (ウズベキスタン)

 【2006年7月:ベログラゾフ国際大会(ロシア)】

1回戦  ○[フォール、2P0:53(6-0,6-0)] Aliev Aligagy(ロシア)
2回戦  ○[2−1(0-1,4-0,6-0)] Safjan Jan(ベラルーシ)
準決勝 ○[2−0(3-0,1-0)] Zmoev Nasrula(ロシア)
決  勝 ○[2−0(2-1,3-0)] Dgafarov Bamzat(ロシア) 



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