【特集】世界選手権へかける(7)…女子48kg級・伊調千春【2006年9月6日】






 決戦の舞台へ臨む選手には、常に「不安」との闘いが存在する。それは、どんな強豪選手でも同じだろう。2003年に世界一に輝き、国内の大激戦を経てアテネ五輪へ出場、銀メダルを取った伊調千春(ALSOK綜合警備保障=左写真)ほどの選手であっても、「(3月に)日本代表権を取って再び世界へ行くことになってみると、どうしようもない不安に襲われてしまいました」と振り返る。

 その不安を抱えながら闘ったのが5月のワールドカップ(名古屋)。結果こそ3試合ともに2−0での勝利だったが、1−1のラストポイントで勝ったピリオド(カナダのキャロル・ヒュン戦)もあるなど内容には満足できなかった。世界選手権はワールドカップよりワンランク上の大会。昨年は出場していないので、2年ぶりのビッグイベント出場に向けて不安が大きくなっていくことが予想された。

 そこで伊調がとった方法は、レスリング漬けの生活から離れてみること。6月は「車の免許を取りに行ったり、ウエートトレーニングに力を入れるなど、マットを離れる時間が多かったです」と言う。そうした毎日の中から、自然とレスリングに対する気持ちが盛り上がってくることを感じた。7月中旬の合宿(新潟・十日町
=下写真)の頃には気持ちも盛り上がり、不安はかなり払しょくされたようだ。

 だが、その次に襲ってきたのは、慢性ともいえる足の負傷(疲労骨折)だ。最初は右足で、次は左足(いずれも主指骨)。そのため、7月30日に特別ゲストとして参加した全日本ビーチ選手権(茨城・大洗サンビーチ)では、子供たち相手のエキシビションマッチへの出場も取りやめ、負傷の回復に努めた。

 気持ちをクリアしたら、体の故障…。世界選手権へ向けて心配の種が尽きないように見えるが、こうした浮き沈みは誰もが抱える問題だろう。伊調は「レスリングをやっている限り、(足の負傷は)完全には治らないものだと思います」と、この事実をマイナスにとらえることなく、そうした状態ででも勝てる方法を模索している。

 幸い、プロ野球ソフトバンクの選手を診ている福岡の病院で特製の足底板をつくってくれ、足への負担を軽減する方法を見つけ出すことができた。現在はかなり回復し、スパーリングも普通にこなしている。「コンクリートの上を走るようなことは無理ですが、マットの上なら影響がありません」と、心配は不要な段階まで回復しているという。

 「負ける理由を探すな」とは八田イズムの真骨頂。「ケガをしているから負けても仕方がない」は二流・三流選手の発想で、一流選手は「ケガをしていても勝つ」と考える。伊調が後者の考えを持っていることは、言うまでもない。

 アテネ五輪決勝で、フルタイム闘って敗れたイリナ・メルニク(ウクライナ)は懐妊したとの情報があり、今年の世界選手権への不出場が決定的。大きな目標が消えたかにも思えるが、「イリナの名前を聞いて思うのは、オリンピックで借りを返したいということ。今は特別に闘いたい相手ではないです」と言う。

 メルニクが不出場でも、昨年の世界チャンピオンのレン・シュセン(任雪層=中国)もいれば、ワールドカップで苦戦(?)したキャロル・ヒュン(カナダ)もいる。欧州チャンピオンのリリア・カスカラコバ(ロシア)も力をつけている。油断できない闘いが続き、不安が消えることはないだろう。

 だが、先月25日のALSOK綜合警備保障での会見
(左写真)できっぱりと言い切った「北京オリンピックでの姉妹そろっての優勝」へ向けて、気持ちは盛り上がっている。「48kg級の選手はたいてい私より小さいので、タックルに入りづらい。崩してがぶりで攻めたり、リズムを使って攻めるとかの方法を考えて練習しています」。明確なテーマを持って乗り越えた夏が終わり、いよいよ2年間待たされた世界の最高峰への再アタックの時がやってくる。


 ◎伊調千春の最近の国際大会

 
【2006年5月:ワールドカップ(名古屋)】

予選1回戦 ○[2−0(3-0,TF7-0=1:29)] Stephanie Murata(米国)
予選2回戦  BYE
予選3回戦 ○[2−0(TF6-0=1:01,8-3)] Ludmila Balushka(ウクライナ)
決    勝 ○[2−0(@Last-1,5-0)] Belinda Chou(カナダ)



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