【特集】痛恨のフライング、「焦ってしまった」…男子グレコローマン60kg級・笹本睦【2006年9月25日】





 男子グレコローマン二本柱のひとつ、60kg級の笹本睦(ALSOK綜合警備保障)が、アジア王者のヌルハキト・テンギズバエフ(カザフスタン)相手にまさかの初戦敗退を喫し、5度目の世界選手権で初めて初戦で姿を消す屈辱を味わった。

 体重調整がうまくいかず、最後の1日で1・9kgの減量。この影響は否定せず、「ウォーミングアップの時から脚が動かなかった。試合でも前へ出られなかった。ふわふわしているというか、踏ん張れなかった」と言う。

第2ピリオド、俵返しの仕掛けから2点を取った笹本。

 それでも第2ピリオド、俵返しを防御する相手をうまく転がして2点を取り、第3ピリオドも最後のグラウンドの30秒を防御すれば勝てるという状況へ持ち込んだ。そう強烈なリフト技を持っている選手ではないだけに、笹本の勝利は十分に予想されたが、ここでフライングの注意を2度受け、レフェリーは非情にも相手選手に2点を与えた。

 「落ち着いて闘っていれば、負ける相手じゃなかったですよね。注意を1度取られて、焦ってしまった。余裕がなかったというか…。減量につきあってくれたコーチに申し訳ない」。報道陣の期待も、男子では松本慎吾(84kg級)と自分にかかっていることは自覚しており、記者にも「今回は本当にすみませんでした」と頭を下げた。

 相手はトルコでの合宿で何度も手合わせをした相手。試合前日は「下手をしなければ十分に勝てると思う」と自信を持っていた。練習する中で研究されていたのか。笹本は「あまり意識していなかった」と、手の内を盗まれてしまうという意識は持っていなかったようだ。

 強くなれば、周囲から研究されるのは避けられない。笹本は「そんな中でも、自分のレスリングを確立していれば、勝てるんです」と言う。研究されても勝つことこそ、真の強者だといわんばかりに“言い訳”を封印。「アジア大会(12月・カタール)ででも闘うことになるでしょう」と、研究し返してのリベンジを誓った。

 第2ピリオドに「ちょうどいいタイミングになったので」と俵返しを仕掛けたものの、今回の世界選手権へ向けて取り組んできた技はローリング。このルールが採用されてから1年以上が経ち、強い選手は俵返しの防御はうまくなっていることと、ろっ骨の負傷でリフトの練習ができなかった分、ローリングの技術を上達させて攻撃の幅を広げようとしていた。これの確立がアジア大会までの課題だという。

 順調に勝ち上がり、3回戦で宿敵アルメン・ナザリアン(ブルガリア=96年アトランタ五輪・00年シドニー五輪王者、昨年の世界王者)を撃破し、決勝で昨年から3戦3敗のエウセビウ・ディアコヌ(ルーマニア)にリベンジして優勝、というのが考えられた最高のパターン。

俵返しの組み手からローリングの組み手へ変え、ローリングを狙う笹本。

 しかし、ナザリアンは初戦で欧州12位のトルコ選手に、ディアコヌは準決勝で昨年9位の米国選手に敗れ、戦前の予想と大きく違った結果に終わっている。選手の力が接近しているというか、ある程度の力があれば誰もが勝ち抜けるルールになっていることがはっきりと証明された。

 笹本も「絶対に勝てる、という選手が少なくなってきている。ナザリアン? 意識していませんでした。一戦ずつ勝っていかなければ、当たらない。ナザリアン戦の研究までしていませんでした」と、群雄割拠の状況をしっかり理解している。

 今年の初戦敗退の選手が、来年はメダルを取ることも十分にありえるのが、現代のレスリング。初戦敗退であっても、まだまだ笹本への期待は大きい。そのためにも、アジア大会で今回の汚名返上を果たしてほしい。初戦敗退に落ち込んではいられない。今年最後の決戦まで、あと70数日−。

(取材・文=樋口郁夫、撮影=矢吹建夫)


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