【特集】収穫はあった世界選手権。立ち上がる強さを…女子72kg級・浜口京子【2006年10月1日】






 2番目に高い表彰台で、涙が止まらなかった。女子72kg級の浜口京子(ジャパンビバレッジ)は、準決勝で5月の女子ワールドカップで負けたオヘネワ・アクフォ(カナダ)へのリベンジを果たしながらも、決勝で過去2戦2勝のスタンカ・ズラテバ(ブルガリア)に敗れ、昨年に続いての銀メダルに終わった。

 まぶたを強く閉じて涙がこぼれるのをこらえようとした。それでも涙があふれてきた。表彰式が終わると、控え室ではなく、観客席の一角に陣取っていた浅草応援団の席へ向かい、両親、そして応援してくれた多くの人たちに頭を下げた。

 試合終了直後から視線の定まらない表情を続けていた浜口だが、記者団に囲まれ、「家族にいつも迷惑をかけ、心配させてきた。ことしこそ世界一になって、金メダルを首からかけた姿を見せたかった。力不足。でも、応援してくれた人たちに感謝しています」と、振り絞るような声で話した。

 何度もズラテバを場外際に追い込みながらも、相撲でいう突き落としのような技で体勢を崩され、ポイントを失った
(右写真)。「積極的にいかなければ後悔すると思った。後悔する試合にはしたくなかった」。その思いが強すぎたのだろうか、それとも場外際の攻防に対する甘さなのだろうか…。浜口の引き落としはよく決まっており、ズラテバは何度も宙を泳いだ。試合の大部分において主導権をにぎっていたのは浜口だったが、最後の詰めの甘さが敗北へつながってしまった。

 1回戦からフォール勝ちを3試合続けた。2分3ピリオドの新ルール下では、よほどの実力差がなければ実現できないフォール勝ち。1階級下とはいえ2003年の世界チャンピオンのクリスティ・マラノ(米国)、アテネ五輪の3位決定戦で浜口と激闘を繰り広げ、昨年も3位に入賞したスベトラーナ・サヤエンコ(ウクライナ)といった強豪を相手にフォールを続けたことで、浜口の気持ちに大きな自信が芽生えていった。

 そして迎えた準決勝。目の前に立ちはだかったのは、5月のワールドカップで苦杯を喫したオヘネワ・アクフォ(カナダ)。マットへ先に上がり、遅れて上がってきた浜口を見つめると、ニヤリと笑った。5月に勝った思いが脳裏に去来したのだろう。

 だが約5分後、その強気は木っ端微塵に崩れていた。浜口は第2ピリオドをクリンチからの攻撃で取って試合の勝利を決めると
(左写真)、マット上を跳びはねて喜び、セコンドの金浜良コーチのもとへ抱きついた。

 リベンジ成功−。大きな壁を乗り越えた達成感を得て、決勝までの間の約6時間の休憩の間に闘う燃料を入れ直し、闘争モードをつくり直して臨んだ決勝戦だった。第1ピリオドを取り、あと2分間の闘いだった。そこがエベレストの山のように高く、乗り越えることができなかった。

 2年連続の2位。アテネ五輪を含めると3年間、世界一から見放されてしまった。だが、浜口の強さは、ここからはい上がることができることだ。一度負けた選手には連敗はしていない。01年世界選手権で敗れたエディタ・ビトコウスカ(ポーランド)には翌年の世界選手権で、03年ワールドカップで負けたトッカラ・モンゴメリ(米国)とノードハーゲンには、翌年1月のプレ五輪で、それぞれリベンジした。

 そして、今回のアクフォ。負けたあと闘う機会がなく、負けたままになっている選手はいるが(アテネ五輪準決勝の王旭=中国=と昨年決勝のアイリス・スミス=米国)、負けた相手には、次の試合でリベンジしている。吉田沙保里が負けない強さなら、浜口京子はつまずいても、そこから立ち上がることのできる強さを持っている。吉田の強さもすばらしいが、浜口の強さも、多くの人たちの胸を打つ強さであることは言うまでもない。

 「これで終わりじゃない。アクフォにリベンジできて、収穫はありました。気持ちを入れ直して、またやります。しっかり練習して、北京オリンピックまでに2倍、3倍、いえ100倍の強さを身につけます」。そう言い切った浜口に対し、同じように世界一を目の前にして足踏みを経験したことのある富山強化委員長が「絶対にあきらめないことだね」との言葉を残してくれた。

 富山委員長は80年モスクワ五輪ボイコットによって世界一を追われ、その後、3位、2位、2位と世界一から見離された。首の負傷との闘いもあった。その試練を乗り越えて、84年ロサンゼルス五輪で日の丸を上げた。苦しい今こそ、日本レスリング界の栄光を支えた先人たちの軌跡を学んでほしい。

 神様は、大きな器を持った人間に、より大きな試練を与えると言われる。今は、浜口の器が試されている時。絶対にこの試練に負けてはならない。


 ○…優勝したスタンカ・ズラテバは、03年世界4位・05年欧州3位などの実力を持っていた選手。今年からブルガリアの元世界王者シメオオン・ステレフがほぼマンツーマンで指導している選手。4月の欧州選手権で優勝し、ゴールデン・グランプリ決勝大会はアニータ・シャツル(ドイツ)に敗れて2位とつまずいたが、その経験をもとに同国女子で初の世界一に駆け上がった。

 ステレフは現役時代、ジャパンビバレッジの赤石光生コーチや全日本チームの栄和人監督と闘ったことがあり、現在の浜口の指導陣と因縁を持っている。今後は、“ステレフVS赤石・栄コンビ”の闘争第2弾が始まりそうだ。

(取材・文=樋口郁夫、撮影=矢吹建夫)



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