【特集】女子51kg級の伝統死守へ名乗りを上げた“たたき上げ選手”甲斐友梨【2006年10月16日】






 五輪中間年の世界選手権が終わり、来年からの女子は、どの国でも五輪実施階級での代表争いがし烈になっていくだろう。日本でも、51kg級と59kg級でともに2年連続世界一に輝いた坂本日登美(自衛隊)と正田絢子(ジャパンビバレッジ)が、今回の世界選手権を最後に1階級上げ、北京五輪出場を目指す予定だ。

 そんな中、あえて「51kg級を私の階級にする。来年は51kg級で世界チャンピオンを目指す」と決意しているのが、今年のアジア選手権銀メダリストの甲斐友梨(中京女大
=左写真下写真=アジア選手権で銀メダルに終わり、浜口監督に励まされる)だ。滋賀・八幡工高時代は無冠。中京女大へ進んで、最初のうちは「附属高校(現至学館高校)の選手にも勝てなかった」という状況から、1年ごとに成長し、いつの間にか国際大会も経験するようになった。

 「北京オリンピックの年はどうするかは分かりません。今は世界チャンピオンになることが目標です」。今年の世界の51kg級は、坂本が断トツという状況だった。坂本が抜ければ、その夢は一気に近づいてくる。オリンピック出場の気持ちがないわけではない。しかし、今は直近の壁に挑み、世界の最高峰に立ってみたい気持ちが心を支配している。

 今年の世界選手権は先輩たちの応援を兼ねて広州へ向かい、来年の自分の姿を想像した。「アップ場の空気から違う。間違いなく世界最高峰の大会ですね」。来年は絶対に自分が闘うという気持ちだったので、「すごく緊張した。生半可な気持ちで来ては勝てないって思いました」と気が引き締まったという。

 小学1年生の時から柔道をやっていたが、高校へ進む頃、柔道が嫌になって距離を置いた。ほぼ同時にレスリング部の先生に誘われ、レスリングに取り組むことになった。監督同士のつながりで中京女大へも出げいこするようになり、「最初はとても嫌だったんです。でも、そのうちに面白くなって、強くなりたい気持ちが出てきました」という。

 高校2年生の秋、アテネ五輪に女子レスリングが採用されることが決まり、「出てみたい。アテネ五輪の時は20歳ね」と思い、最強のチームを進学先に決めた。しかし現実は厳しく、「高校生にも勝てなかった」という。入学した2003年の附属高校には、48kg級の世界選手権代表だった坂本真喜子を筆頭に、前原愛、栄友菜、西牧未央、山名慧ら大学生相手にも引けをとらない選手がそろっていた。アテネ五輪出場という夢は、一瞬にして吹っ飛んだという。

 しかし、負けず嫌いの性格が、そのままでは終わらせなかった。「自分で言うのも何なんですが、スパーリングは誰よりもやりました」と振り返る。そのご褒美か、2年生(2004年)の5月に東京で行われたアジア選手権出場という幸運に恵まれた。

 この時の51kg級には、前年世界チャンピオンの伊調千春は48kg級へ下げており、坂本日登美はまだ復帰していなかった。1月のプレ五輪で2位だった服部担子も予選に出ておらず、「決勝の相手が高校生で、運がよくて勝てました」と言う。しかし、これは記憶違いであり謙遜。決勝の相手は、前年の世界ジュニア選手権で優勝した赤坂幸子(福岡大)であり、準決勝でも入学時には勝てなかった前原愛を破っていた。入学後の1年間で、間違いなく力をつけた結果だった。

 そのアジア選手権は決勝でモンゴル選手に第1ピリオド58秒で敗れて2位
(左写真)。2年後の今年4月のアジア選手権(カザフスタン)も、同じく決勝で中国選手に敗れて2位。同じ2位でも、大会のレベルが違っていたし、04年の時は「(栄和人)監督からボロクソに言われて…。『お前みたいな弱いヤツ、辞退しろ! 代わりの選手を出す』とまで言われた」だったのが、今年の2位は、世界一が見えてきた内容だった。

 「それまでは、負けたら練習の量を増やした。今回の負けは、自分の弱点を克服しなければ、いつまでたっても勝てないと感じた大会」と気持ちの持ち方も変わった。勝つためには、練習量は絶対に必要なことだが、ある段階までくると工夫した練習をしなければ勝てない。こうした気持ちになったことも、間違いなくワンランク上がった証拠だ。

 6月のゴールデンGP決勝大会(アゼルバイジャン)にも出場するチャンスを得たが、決勝でラスト1秒で逆転され、またしても優勝の美酒はお預けとなった。「2位ばっかなんですよ」と自虐的に笑ったが、8月の全日本学生選手権では04年同大会以来の「優勝」を経験し、今が最高に気持ちの乗っている時期。来年3月の卒業後もレスリングに専念できる環境が決まり、世界一を目指す気持ちはいっそう盛り上がっている。

 51kg級は、階級区分が変わった97年からの9度の世界選手権で、日本選手が「金7・銀2」を取っている伝統の階級。五輪実施階級でなくとも、日本代表になった選手には、その栄光を守る責任があると言っていい。現在の中京女大では珍しい無名の存在からのたたき上げ選手、甲斐がそのドラマの主役となることができるか。

 幸い、1階級上と下とに世界チャンピオン(吉田沙保里、伊調千春)がいるという強くなるには最高の練習環境だ
(右写真=55kg級世界一の吉田沙保里と練習する甲斐)。一流選手は、一流選手がいるところでこそ育つもの。「何のタイトルもない私を最強のチームに推薦してくれた(八幡工高校の)木村年貴監督、厳しいことを言っても決して見捨てなかった栄監督…。何とか恩返しがしたいんです」という気持ちを忘れない限り、その夢は現実に近づいていくだろう。


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