【特集】アテネ五輪銅メダリスト、井上謙二(自衛隊)が激戦階級へ参戦表明【2006年10月31日】






 男子フリースタイル60kg級の闘いが、が然注目されそうだ。まず12月21〜22日の全日本大学選手権(東京・駒沢体育館)で、世界3位の高塚紀行(日大)、高塚に相性のいい湯元健一(日体大)、世界ジュニア選手権3位の大沢茂樹(山梨学院大)の争いが注目される。年が明けた1月26〜28日の天皇杯全日本選手権(同)の同級には、プロ格闘家の山本“KID”徳郁(KILLER BEE)の参戦が濃厚で、世間的にも注目されることは間違いない。

 そこへ、もうひとつ、大きな“爆弾”が投下される。アテネ五輪銅メダリストの井上謙二(自衛隊)が、負傷の回復を兼ねた充電期間を終えて出場を宣言。10月27日からの全日本チームの合宿にも参加して連日汗を流している
(右写真)。同級の争いは極めて過酷な闘いになることが確実となった。

 井上は2004年アテネ五輪で銅メダルを取ったあと、同年12月の全日本選手権、翌05年6月の明治乳業杯全日本選抜選手権で、ともに優勝できず、その後、古傷の右肩を再手術するなど負傷回復を兼ねて戦列を離れた。

 しかし引退ではなく、北京オリンピックを目指してカムバックすることを明言していた。前進のための後退だった。ことし6月の全日本選抜選手権の際には、練習は積んでいたものの、「けがの回復も、気持ちも、まだその時ではない」として欠場。その後の全日本社会人選手権も、エントリーはしながら試合には出なかった。オリンピックのメダリストだけに、中途半端な形で復帰させるわけにはいかないという自衛隊の判断もあったようだ。

 今、復帰の時を迎えた。けがや手術箇所に不安がないと言えばうそになるだろう。11月5日で30歳。レスリングのキャリアは16年を超える。この年齢とキャリアの選手なら、体のあちこちに故障を抱えているのが普通で、“完ぺき”という体の状況は望むべくもない。

 しかし、オリンピックへの挑戦に時間は待ってくれない。日本代表選考レースの始まる今、立ち上がらねばならない。「ケガはもう大丈夫。試合間隔があいてしまったのは心配。でも、練習はきちんとできている」と不安を汗で流しつつ、勝負の時を待っている。

 自衛隊の和久井始コーチは「けがとは、うまく付き合っていくしかない。経験があるので、練習に強弱をつけてやってくれている。毎日ガンガンやる必要はない」と、ベテランの調整能力に期待する。

 むしろ、試合間隔があいたことの方が不安な様子。1階級下の世界選手権代表の田岡秀規らとも互角以上のスパーリングができているが、「練習と試合は違う」と言う。そのため、11月25〜26日の全国社会人オープン選手権(東京・スポーツ会館)に出場させるそうで、これによっていくらかでもその穴を埋めたい意向だ。

 不安という点では、試合間隔があいたことより、現在のルールに対しての方が大きいのではないか。アテネ五輪までの井上の攻撃パターンは、スタンドで押し込んで相手にパッシブを与え、パーテール・ポジションから攻撃してポイントを取るスタイルだった
(左写真:パーテール・ポジションから攻める井上=アテネ五輪)。さらに、アテネ五輪の3位決定戦で延長にもつれて粘り勝ちしたように、スタミナにモノを言わせて勝つパターンが多かった。

 1ピリオド2分、そしてパーテール・ポジションからの攻撃のない現在のルールは、井上の持ち味を奪ってしまったルールと言っても、過言ではない。

 04年12月の全日本選手権決勝での敗戦の際は、「新ルールに対して不安があった。ちょっとした不安でも、試合では大きくなってしまうものですね」と振り返っている。05年6月の全日本選抜選手権での湯元健一への敗戦は、第1、2ピリオドとも2分間のスタンドの闘いでポイントを取れず、クリンチ勝負での敗戦だった。

 しかし、アテネ五輪での闘いを分析すると、必ずしもそうではないデータもある。5試合で獲得した総ポイント32点の内訳は、スタンド14点、グラウンド18点で、そう大差はない。タックルのほか、巻き投げ、飛行機投げでポイントを取っており、スタンドでもかなりの攻撃能力を見せている。銅メダルを決めた決勝ポイントは、タックルだった(右写真)。スタンド戦が弱い選手が、オリンピックでメダルを取れるはずがない。

 開始2分以内に自らの攻撃で(グラウンド技のカウンターを除く)1ポイント目を取ったのが、5試合中1試合しかなく、スロースターターだった事実はある。しかし、ルールが変わったなら、変わったルールに合わせて練習するもの。ルールが変わって2年以上だった今、アテネ五輪でのデータが当てはまるものではあるまい。新ルールの壁を克服し、新しい井上謙二を見せてくれることを期待したい。

 井上の復帰は、ただでさえ激戦階級と言われるフリースタイル60kg級を、さらに熱く燃やしてくれそうだ。それは、同級を世界で勝てる階級へと押し上げてくれることだろう。


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