【特集】72歳の挑戦! 松戸ジュニアクラブ・渡部弘道代表【2006年11月14日】







 11月11日に町田市総合体育館で行われた東日本少年少女選手権。65チーム606選手が参加した中で、最多の33選手を出場させたのが千葉・松戸ジュニアクラブ。そして各クラブの代表者の中で最高齢となるのが、この松戸ジュニアの渡部弘道さん(左写真)。昭和9年8月13日生まれの72歳。それでいながら、キッズ選手、時には中学2年生の選手とスパーリングをやるなど元気いっぱいだ。

 クラブの歴史は26年。渡部さんは創部2年目ころから携わったので、約24年間、チームを見守り、育ててきた。選手不足に悩み瀕死の状態だったクラブを、関東地方では最大級のクラブに育て、オリンピック金メダリストのコーチ(小林孝至さん=1988年ソウル五輪)をかかえるクラブにまで育てたのだから、クラブへの愛着は誰よりも強い。今回の大会でも、数多くの試合のセコンドにつき、教え子たちに熱心に声援を送った
(右下写真)

 渡部さんは早大入学後にレスリングを始め、4年生の時の1956(昭和31)年に全日本学生選手権4位の成績を残した。卒業後は本格的にレスリングに接することはできず、辛うじて勤務地だった秋田の県民体育大会に出たり、母校に顔を出した時に選手と練習する程度。「当時は卒業したら本格的にレスリングを続けるような時代じゃなかった。でも、心の中には、もっとやりたい、という気持ちがあったんですよ」。

 その気持ちが、25年後、少年クラブの指導者という形で爆発する。当時、松戸市に関係のある北海道出身の元レスリング選手…浅井正さん(1960年ローマ五輪フリースタイル・バンタム級4位)や高比良政利さん(同五輪グレコローマン・フェザー級代表)らが、社会への貢献の一環としてレスリング・クラブをスタートさせていた。会長はのちに日本協会の副会長になる林眞さんが務めていた。

 その体育館には嘉子夫人が勤務していたが、体育館の隅でやっていたことで目立たず、約2年間、嘉子夫人はその存在を知らなかったという。2年後、「どうもレスリングというものをやっているみたいよ」と教えられた渡部さんが訪れてみると、旧知の浅井さんらが指導していた。「選手が集まらないんだよ」と悩みをかかえていたという。浅井さんらと杯(さかずき)を交わすうちに、「レスリングにお世話になったにもかかわらず、何の恩返しもしていない。恩返しをしたい」と思い立ち、クラブの存続に全力を尽くすことになった。

 松戸市のスポーツ課とかけあい、市報に選手募集の案内を載せてもらい、自らも選手集めにほん走。その熱意が周囲に認められて代表に祭り上げられ、さらに本格的にクラブ運営に打ち込んだ。「けがをさせてはならない」が信条。したがって部員が増えるにつれ、コーチの確保にも全力を尽くし、安全面への配慮にも気をつかった。

 今では約40人の部員に、高校や大学でレスリングを経験しているコーチが10人。キッズレスリングの世界は、レスリングを経験していないコーチも少なくないし、全国少年少女連盟も積極的に受け入れる方針を打ち出しているが、クラブが大きくなるにつれ、経験者の存在は不可欠になってくる。

 渡部代表も「父母の協力があってこそ成り立っています」と、幼年や小学校低学年選手の体力づくりを手伝ってくれる父母の存在に感謝しているが、高学年以上になると、それだけでは無理が出てくる。

 安全ということを考えても、経験者だからこそ危険な体勢をキャッチできる場面もある。中学生の技術指導は、やはりレスリングを経験した人間でなければ厳しい。経験者のコーチをこれだけそろえられたのも、クラブを大きくできた要因だ
(左写真=試合を終えた選手にアドバイスを送る渡部代表)

 「礼儀をきちんと教えています。柄の悪い子供はいらない」という渡部代表が、もうひとつ心がけているのが、親もクラブの運営にかかわらせ、選手の家族同士でのつながりをつくること。家族間の親睦をはかることで、選手の成長にも役立てたいという。

 人間同士だから、時に家族間で険悪な関係になったケースも出てくるが、その時は渡部代表が出ていって仲裁し、修復に全力を尽くしてきたという。こうした親分肌のリーダーであればこそ、多くの家族とコーチを抱えられるクラブをつくることができたのだろう。コーチの仲人を4組も務めた事実からしても、下から頼りにされる人間であることがうかがえる
(下写真=多くの親も駆けつけた東日本少年少女選手権。5階級で優勝を果たした)

 練習は土曜日の午後と日曜日の午前の週2回。今は会社の一線を離れて顧問となり、時間的に余裕ができたとのことだが、以前は貴重な休日をレスリングでつぶされる生活だった。しかし、「まあ、子供たちから元気をもらいましたからね。楽しい生活でしたよ」と、それが苦ではなかった様子。いつまでも子供たちと練習を続けられるように、酒は量を落としているという。

 最近の早大の復活を支えた藤元愼平選手や今年の全国高校女子選手権50kg級優勝の鈴木綾乃選手ら教え子の成長もやりがいを感じることのひとつ。「オリンピック選手? そうした夢もあるけど、それを意識すぎると無理をしいてしまう。まず人間としての心を持ってもらいたい」。そう話す渡部代表の顔は、根っからの“レスリング大好き人間”の顔。そして、72歳にしてクラブ運営に情熱を燃やすチャレンジャーの顔だ。

(取材・文=樋口郁夫)



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