【特集】激戦階級に“真打ち”が復帰! アテネ五輪銅メダリスト、井上謙二【2006年11月28日】






 故障箇所の完全治療などのため実戦を離れていたアテネ五輪男子フリースタイル60kg級銅メダリスト、井上謙二(自衛隊)が、満を持してマットに復活した。11月25日に東京・スポーツ会館で行われた全国社会人オープン選手権。2005年6月の明治乳業杯全日本選抜選手権以来、約1年半ぶりの実戦は、若手選手を相手に4試合を闘い、すべて2−0の圧勝で優勝した。

 2回戦  ○[2−0(6-0=0:56,6-0=1:59)] 今井康太(東京ク)
 3回戦  ○[2−0(1-0,7-0=0:45)] 小林洋祐(松阪ク)
 準決勝 ○[2−0(5-0,6-0=0:53)] 斎藤裕之(自衛隊)
 決  勝 ○[2−0(6-0=1:29,7-0=1:24)] 土田章浩(自衛隊)

 取った総ポイントが43点で、奪われたポイントは0点。1年半のブランクがあっても、五輪銅メダリストの実力は抜き出ていた。全国社会人オープン選手権は、若手選手の登竜門的な意味合いや、地方在住で試合環境にめぐまれない選手のために存在する大会。全日本のトップ選手が出場するケースはあまりない。

 しかし、井上は全日本選手権(1月26〜28日、東京・駒沢体育館)を前にして「練習と試合は違う。実戦を経験したい」として出場を決意した。「昔強くても、今はどうか分からない。自分の今現在の実力を知りたかった」と、自分の今の実力をはかる目的もあったが、実戦の勘を取り戻すことを念頭においての出場だった。

 その目的どおり、ひとつひとつの技を確認するような試合運び。明らかにわざと脚を取らせ、そこから守って反撃へつなげるようなアクションもあり
(右写真)、やってきたことの“確認作業”ということが明白な試合内容だった。

 3回戦で1−0のスコアのピリオドがあるが、これは「1ピリオド2分という時間を体で思い出し、1−0の接戦となった時の試合運びを経験するため」に、わざとフォールやテクニカルフォールを狙わなかったものだという。その脳裏に描いていたのは、世界3位の高塚紀行(日大)か、どれともリベンジしなければならない湯元健一(日体大)か。

 闘った総タイムは11分26秒(1ピリオド平均1分26秒)だが、もし実力をフルに発揮すれば、その半分もかからなかったことだろう。実戦の汗をたっぷり流す中で、今の自分のおおよその実力を把握する目的も遂行できた復帰戦だった。

 もちろん、今回の結果と内容がそのまま全日本選手権での闘いに当てはまるものではない。たとえ負傷箇所が完治し、体力や試合勘がアテネ五輪当時までに戻ったとしても、ルールが変わっている。現ルール下で約2年間、みっちり練習と試合を積んで結果を出している高塚紀行や湯元健一、今月中旬の「NYACホリデー・オープン国際大会」(米国)で優勝し脱皮しそうな清水聖志人(クリナップ)らの方が、有利な立場にいるのかもしれない。

 それであっても、「五輪銅メダリスト」という肩書きは大きな武器だ。ことしの世界選手権で5年連続世界一を達成した女子63kg級の伊調馨選手が、4年前に負けている許海燕(中国)との決勝を振り返り、「腰が引けて、相手に恐怖を感じている自分がいた。4年前に負けていることがトラウマとなっていた」と意外な言葉を口にした。勝負の世界には、周囲には分からない力が存在するものである。

 井上には、高塚紀行や湯元健一が持っていない大きなパワーがある。五輪直後の満身創い状態の井上ではない。1年半をかけてリフレッシュし、エネルギーをたっぷりと充電した井上だ。さらに「自分にはシード権もない。チャレンジャーなんです」と話すように、初心に戻っての攻撃精神がフルに発揮されることが予想される。やはり大きな存在であり、目の離せない選手だ。

 井上の復帰で、ベテランと若手の壮絶な闘いが演じられそうな全日本選手権のフリー60kg級。世界一への距離を近づけてくれる熱き闘いに注目だ。


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