【特集】研ぎ澄ましたガッツレンチで金メダル獲得…男子グレコローマン60kg級・笹本睦【2006年12月10日】







 試合終了の10秒前に決まった死力のガッツレンチ(右写真)。2−3だったポイントは4−3へと変わり、グレコローマン60kg級の笹本睦(ALSOK綜合警備保障)がメーンポールに日の丸を上げた。

 9日から始まったアジア大会のレスリング競技。こじんまりした会場だということもあり、熱気がすぐにあふれてしまうアスパイアー・ホールの第4競技場に、初日から日本陣営に熱狂と興奮をもたらし、高らかに君が代が鳴り響かせたのは、グレコローマンの二本柱の一人としてここ数年間、全日本チームを支えてきた笹本だった。

22歳で出場したシドニー五輪に始まり、常にチームの中核をなしてきた。しかし、メジャー大会での優勝というのは、これが初めて。「最高です」。苦しんだ末に取った金メダルは、ことしの世界選手権で初戦敗退だった屈辱をはね返すとともに、2008年北京オリンピックへ向けて、力強い財産となることは間違いない。

 決勝の盛江(中国)戦は、第3ピリオドの1分30秒が終わった段階で、0−3で負けていた。残るは笹本のグラウンドでの攻撃の30秒だけ。笹本を知る人なら、この3点のビハインドをはね返すのは、5点、あるいは3点を取れる俵返しだと思うだろう。

 だが、笹本がとった戦法は、組み手を持ち替えてのガッツレンチ(ローリング)だった
(左写真)。左回転を狙い、こらえられるやいなや右へ回して2点を獲得。残り時間は20秒。もう一度、こん身の力を振り絞って右へ回すと、盛江の肩がマットへ向いた。館内は大歓声。その数秒後、終了のホイッスルが鳴り、笹本は観客席へ向かって力強くガッツポーズをとった。

 「最後はローリングで勝負と思いました。俵返し? 全く考えていませんでした」。クラッチさえしっかり決めれば、必ず回せるというレベルにまで研ぎ澄ました新必殺技。俵返しが大砲なら、ガッツレンチはライフル銃。確実にポイントを取るために、あえて命中度の高いライフル銃を選び、それが当たった。

 1回戦から、エンジンがフル回転だった。ガッツレンチ(ローリング)やがぶり返しをしっかりと決め、俵返しにいくと見せかけて背中からマットに落としたり、反対側に回転してポイントを挙げる技がさく裂。巻き投げや一本背負い、そり投げ
(右写真)といった新ルール下ではあまり見られなくなったスタンド技も次々と爆発。絶好調を感じさせた。

 準決勝では、今年4月のアジア選手権の王者で、9月の世界選手権で苦杯を喫したテンギズバエフ(カザフスタン)をも2−0で破り、最高に気分をよくしての予選突破だった。

 もっとも、その3試合でひとつだけ爆発しなかった持ち技があった。俵返しだ。この技の名手、アルメン・ナザリアン(ブルガリア=96年アトランタ・00年シドニー両五輪金メダリスト)を目標に身につけた笹本最大の必殺技が、準決勝までの試合にも1度も爆発することはなかった。

 この戦法こそが金メダル獲得の原動力だった。「世界の選手は、笹本といえば俵返し、とイメージしています。だからこそ、がぶり返しやローリングで攻めることが有効になります」と嘉戸洋コーチ(日本協会専任コーチ)。いつもと違う笹本の闘いぶりは完全のライバルたちの裏をかき、激戦ブロックを勝ち上がる原動力となった。

 俵返しを封印していたわけではない。勝つために今回はローリングに賭けただけ。ガッツレンチという必殺技の存在を他国の選手に印象づけることができたため、来年以降は逆に俵返しがかかりやすくなるだろう。「次は持ち上げますよ。やっぱり、かけたくなりますよ」。攻撃の幅が広がった笹本の来年以降の飛躍が楽しみだ。

 今年の世界選手権は、目標としていたナザリアンがトルコ選手に敗れて敗者復活戦に回れない一方、誰も予想していなかったジョー・ウォーレン(米国)が優勝するなど、混戦模様に突入してきた。

初戦敗退だった笹本は、「自信がなくなってしまったんですよ」と振り返ったが、この優勝で「(世界選手権の)上位選手と差はない」と言い切るまでに自信を回復。闘いの幅の広がりとともに、自信という大きな武器も獲得してくれた。北京オリンピックへ向けて、再び“世界の強豪”に名を連ねたことは間違いない。

 それは、同時に多くの国の選手から研究されることでもある。優勝は新たな闘いの始まり。世界一への道は、まだ過酷で厳しいはずで、そのことは笹本も十分に承知している。「ポイントを取られてはダメだし、スタンドの闘いでもっと相手を動かしてバテさせる闘いをしたい」と今後の課題を口にし、気を引き締めることを忘れない。

 地道な努力でガッツレンチという技を自らの武器にし、アジア王者に輝いた男は、この優勝を心の支えに、一歩一歩、世界一への道を歩んでくれることだろう。


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