【特集】拓大3年ぶりの優勝を支えた平井進悟コーチの悔し涙





  チームスコア2−0とリードした早大との東日本学生リーグ戦決勝戦。拓大は、その後の3階級を落としてしまい、2−3と“王手”をかけられた。しかし96kg級を取って3−3。決着は120kg級に持ち越された。

 ここで満を持してマットに上がったのが、84kg級全日本王者の磯川孝生。2階級上での出場だが、学生リーグ戦ではよくあること。ましてや相手も本来は同じ84kg級の伊藤拓也。全日本王者に輝いただけでなく、ユニバーシアード予選をも勝ち抜き、今や敵なしの進撃を続けている磯川の表情には、不安は微塵も見られなかった。

 試合は開始から磯川の自信あふれるファイトが続き、2−0、1−0の“完封勝利”
(写真右)。拓大が早大の57年ぶりの優勝の夢を打ち砕き、3年ぶりに王者に返り咲いた。熱狂さめやらぬ選手たちに、西口茂樹コーチは「胴上げだ! 平井(進悟)コーチだ!」と指示した。秋本公太郎監督は病気のため不在。ならば、まずチームの面倒を見ている西口コーチか、昨年まで監督を務めていた天谷政幸総監督が宙に舞うはずではないか(写真左:宙に舞う平井コーチ)

 その疑問を、西口コーチが説明してくれた。西口コーチの脳裏には、昨年のリーグ戦で7位と低迷し、7年ぶりに6位以内を逃したあとの平井コーチの姿が焼きついていたからだ。「学生の前で、涙をボロボロ流して『オレが未熟だったから、負けてしまった。申し訳なかった』と謝ったんです。あの姿が忘れられません。まず平井だと思いました。彼に優勝の喜びを味わってもらいたかったんです」。

 そう振り返る西口コーチは「あの時の平井の姿、(見るのが)本当に辛かったんですよ」という意味の言葉を何度も繰り返した。要所を締め、拓大躍進の原動力となっているのは西口コーチの指導だが、選手と何本もスパーリングをやり、体をはって指導しているのは平井コーチだ。西口コーチにとってはチームの優勝とともに、指導者としての平井の成長もうれしいことのひとつのようだ。

 3年前に優勝しているといっても、選手は入れ替わるわけで、今年の戦いにその威光は通じない。昨年7位ということで、周囲から甘く見られてもおかしくない。こうした中で始まったリーグ戦。西口コーチは「厳しい闘いが続きました。山梨学院大とも6−1ですけど、どちらに転んでもおかしくない内容ばかりでしたし」と振り返った。

 7回戦の専大戦で、ポイントゲッターと期待していた山口竜志(6回戦までに5戦全勝)が負傷し、決勝で起用できないアクシデントもあった。「(チームの)勝利が決まるまで、ハラハラドキドキのしどうしでした」と話す西口コーチは、本当に疲れたといった表情を浮かべたが、その根本には満足そうな表情がいっぱいだった。

 この4月から、大学の八王子移転にともなって道場と合宿所も移った。同じ東京都下だが、都心からかなり離れており、持ち家を持っている西口コーチは合宿所に単身赴任して指導にあたることになった。「選手は(自分と同じ屋根の下で暮らすことになって)ストレスを感じていると思います」と笑うが、家族と離れてまでも指導に力を注ぐ情熱が、選手に伝わらないはずはない。今回の優勝は、現場を預かる西口、平井両コーチの努力の結晶と言えるだろう。

 「来年はまた厳しい闘いになりますよ」。だが、3年ぶりに取り戻した王座を、今度はおいそれと渡すわけにはいくまい。連覇へ向け、拓大の新たな闘いがスタートする。

(取材・文=樋口郁夫)




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