【特集】中国を迎撃! 4年連続世界一へ死角なし…55kg級・吉田沙保里、63kg級・伊調馨



(吉田)
 1回戦  ○[フォール、1P1:12(8-0=1:12)] LIN YI CHUN(台湾)
 準決勝 ○[2−0(1-0,1-0)] LEE NA LAE(韓国)
 決  勝 ○[フォール2P0:56(1-0,4-0=0:56)] SU LIHUI(中国)
(伊調)
1回戦  ○[フォール、1P0:50(6-0=0:50)] IKA SALATUN(インドネシア)
準決勝 ○[2−0(1-0, 3-1)] MENG LILI(中国)
決  勝 ○[2−0(3-0,4-0)] G,JAKHAR(インド)

 48kg級決勝の日中決戦で坂本が敗れ、“中国恐るべし”というムードが漂った日本選手団。だがアテネ五輪金メダリスト、吉田沙保里(ALSOK綜合警備保障)が堂々とした試合ぶりで昨年の59kg級ワールドカップ王者のス・リフイ(中国)を圧倒。最後はフォールを決めて完勝し、嫌なムードを打ち砕いた。

 続いて63kg級の五輪金メダリスト、伊調馨(中京女大)がインド選手を一蹴。伊調は準決勝で2001年世界チャンピオンのメン・リリ(中国)を破っており、中国に対する強さはアピール済み。決勝で快勝することによって、この階級の第一人者であることを中国選手団に見せつけ、吉田とともに五輪金メダリストのずば抜けた実力を誇示した。

 吉田とス・リフの試合
(写真左)は、第1ピリオドこそ、指をつかみ合ったり見合う試合展開になりラスト30秒まで0−0だった。「クリンチ勝負は嫌だ」という吉田の思い切りのいいタックルが決まり1−0で勝った。この強烈なタックルで、もう第2ピリオドは吉田のペース。タックルから一気にフォールを決め、1階級上の世界トップ選手をも寄せ付けない実力を見せた。

 1週間前のワールドカップでは、ティナ・ジョージ(米国)のタックル返しを受けてしまい第1ピリオドを落としている。昨夏のアテネ五輪でのアンナ・ゴミス(フランス)戦、昨秋のワールドカップのテラ・オドネル(米国)戦でもタックル返しを受けてしまったシーンがあり、吉田の最大のウイークポイントともいわれている。

 このあたりが、最初から攻め込むことができず、準決勝の韓国戦でも“弾丸タックル”をちゅうちょしてしまった理由だが、「中国の選手は、どの選手もタックル返しはしてこない」と思い直し、思い切った攻撃ができたという。多くの国際大会を経験することで、相手の特徴なども頭に入りつつある。五輪チャンピオンになったことで周囲から研究されていることも確かだが、逆に周囲の選手を研究もしているのであり、それを生かした勝利でもあった。

 坂本真喜子が負けて暗雲がただよいそうなムードを変えなければならない責任感もあったほか、自らの連勝記録がかかってもいる。連勝記録については、「正直言ってプレッシャーになっています。すごく緊張します」と言うが、「それによって、負けられない、と緊張を高めています」とプラスもあるそうだ。試合前は「勝つんだ」と自分自身に言い聞かせることが、記録の呪縛から逃れるすべだという。

 伊調は決勝で激しいバッティングを何度も受け、試合後も怒りのために笑顔はなし。「頭にきた。レスリングを知らないから、あんなことやってくる。やりづらかった」と話しながらも、そうした“ケンカファイト”にもひるまない気迫を出しての快勝だった。

 準決勝で元世界一のメン・リリを破っており
(写真右)、この段階で中国に対する実力のアピールを済ませていた。2002年のワールドカップで勝っている相手であり、気持ちの上で優位はあった。戦ってみて「あの時より筋力が落ちていたみたい。実力は落ちている」ときっぱり。

 栄和人ヘッドコーチが「そろそろ馨の連勝記録も調べておいてよ」と話しかけてくるほど、この2年間は負けるムードが全くない。その連勝記録は、国内外で54連勝、国際大会では37連勝へ。当分ストップしそうにない勢いを見せている。

 ユーラシア大陸を2度横断しての試合にも、若い2人は時差ぼけも感じず、「世界とアジアの両方の闘いの経験できてよかった」と口をそろえ、今秋の世界選手権へ向けての前哨戦を最高の結果と内容で終えた。アテネ五輪を含めて4年連続世界一への道が、今、はっきりと見えていると言っていいだろう。

 確かに中国は強敵になりそうなムードだ。今回のチームがベストメンバーではないというから、警戒を続けなければならない事実に変わりはない。しかし2人の口から「中国は伸びているけど、まだ負けない」(吉田)、「中国を警戒していたけど、まだ自分の方が上」(伊調)という力強い言葉が出るなど、“迎撃体制”は十分。この2人に、今回は参加しなかったが72kg級の浜口京子(ジャパンビバレッジ)、51kg級の伊調千春(中京女大)、坂本日登美(自衛隊)という布陣の前に、中国が日本を追い抜くには、まだ力不足と断言したい。

 2人にとっても、日本にとっても、実り多いアジア選手権だった。

(取材・文=樋口郁夫)




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